マーティ語録研究所 - All rights reserved, all wrongs reversed!


by trans_marty
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カテゴリ:Interview( 15 )

遅くなりました・・・

Story Behind the Songsシリーズ、代何弾になるんだ・・・(汗) 多分、6弾ぐらいだと思うのだが、今回のネタはマーティのヒーリング音楽の真骨頂Scenesをお届けいたしますっと。ハイ、あれです、噂の、喜多郎プロデュース作品。

TIBET

サンフランシスコに住んでいた頃、すごく好きだった女の子と一緒に暮らしてたんだけど、同じ頃に、ロサンゼルスの女の子ドラマーにも一目ぼれしたんです。時々会いに行ったり、僕がサンフランシスコに居る時は、彼女は手紙を書いてくれました。手紙は、カコフォニーがバンド練習をしていた洗車場に届くようになってた。だから僕は、手紙が届いていないかチェックするのに、皆よりも早く練習場に来てました。ある日、ものすごく早く着きすぎた事があって、手紙が来るのを待っている間に、ギターをプラグインして、録音テープを回していました。クリーンな、宇宙的なサウンドでギターを弾いていたんですけど、当時はそういう音は滅多に弾きませんでした。一時間ぐらい、ロサンゼルスのドラマーの子のことを考えながらギター弾いてました。そのメロウな音色のせいかもしれないんですけど、いつもなら考えられない音楽をプレイしてました、何よりも、当時のロマンティックな状況のおかげで、僕の感情的な部分の一番良い所が出たんだと思いますけど。、このTibetという曲のメロディは、その時録音してたテープからのものです。だから、チベットというタイトルですけど、実際のところチベットは全然関係ないです。


ANGEL

この曲は、僕がサンフランシスコからハリウッドに引っ越した直後に書いたものです。比較的シンプルで短めの、Tibetと自然な感じで繋がっている曲だと思います。実際のところは、アルバムの中で一番「ロックっぽい」サウンドの曲だと思いますけど。本当はアルバム全体がもっとヘヴィでロッキンなものに、この曲よりももっとヘヴィにするつもりだったんですけど、他の曲がメロウなものが沢山出来始めたから、僕のギター・プレイのロマンティックでドラマチックな方をより前面に出そうと決心したんです。


VALLEY OF ETERNITY

この曲は、僕の親友でドラマーのAnders Johanssenとハリウッドでエンドレスなジャムセッションをやってる中で生まれた曲です。Andersは元々、このアルバムのレコーディングに参加してもらう予定でしたが、その時は1989年の終わり頃だったんですけど、僕がメガデスに加入したばかりだったので、Scenesのレコーディング予定を1992年に延期しました。Scenesの録音が静かな音楽で始まったのは、当時は、緊張感に満ちたヘヴィなジャムをメガデスのツアーで毎晩のようにやっていたからだと思います。


NIGHT

Andersと曲を作った時には、完全にヘヴィなロックだった。ハリウッドの街でも一番良くない場所にあった、ボロボロのスタジオでジャムセッションをしました。道端で眠ってる人たちがいて、スタジオのホールのあっちこっちには酔っ払いが寝転がっているという場所でした。もちろん、僕たちには全然問題じゃなかったから、ジャムセッションを凄く一生懸命やりましたけど。基本的に、この曲のメロディックなテーマはその「超ヘヴィなジャムセッション」から持ってきて、それを、僕が出来る限りで最も甘くて、最も悲しい文脈の中に取り入れました。


REALM OF THE SENSES

この曲のタイトルは、僕がハワイに住んでいる頃に見た奇妙な日本のアート映画からパクったものです。メロディは、典型的な演歌調で、当時の僕はすごく熱中してました。僕の曲と演歌の違いは、この曲はソロが長くてボーカルが無い、というところだけです。

(管理人注:マーティさんがおっしゃっている「奇妙な日本映画(Realm of the Senses)」とは、大島渚監督の作品「愛のコリーダ」です。若い子は知らないかもしれないけど、知らないからといって、お父さんお母さんお兄さんお姉さんに、不用意に質問すると大変な目に合いますから(苦笑)・・・自分でこっそり、調べたらいいと思いまーす。ちなみに、Rollyさんもたまに出演している、渋谷に「青い部屋」というシャンソニエ(ライブハウス)があるんですけど、そこのオーナーの戸川昌子さんの持ち歌に、「お貞恨み節」ってのがありましてね、作曲者は小林亜星氏だそうですが、一度聴いたことありますけど・・・・すごいですよ。1番のサビは「サダー!サダー!」で、2番のサビは「サドー!サドー!」ですから(笑)・・・ただ、ググってもちゃんとした情報は出てこないんですよね・・・聞いた人は一杯居るみたいなのに。不思議だ・・・・!!!!!)


WEST

ある時気がついたんですけど、中国のメロディは結構、アメリカの古いウェスタンのメロディと似てるんじゃないですか、と思いました。だから、僕はそのコンセプトにとりつかれた。なんでだろう??何か、不思議なつながりがあると思ったんです。そのコンセプトの中では、西洋というのは、ある程度実験的なもので、だけど殆どの僕の音楽と同じなんですけど、元々のかたちから思いつくものとは全然違った音楽に、僕の場合はなります。この曲はかなりかっこ良く出来たと思ってます。


TRANCE

 この曲は僕が15歳ぐらいのとき、メリーランドにある実家で、雪と雨が降っている日に書きました。僕の親友で、最初に組んだバンドDeuceの Tom Gattisとジャムってました。マリファナたばこでハイになりながら、ずーっとEコードばっかり弾きまくってて、僕たちにはそれが凄く良く聴こえた。その後、シンプルなメロディをこのEコードばっかりの上に載せてみて、それがこの曲Tranceになりました。当時はこの部分は、バンドでLady, Ladyって呼んでいた曲のソロにつかっていました。

(えっと、昔の話で、しかもよその国の話なんで、よいこはまねしないように〜!(笑))

TRIUMPH

「サンダー・マーチ」っていう曲名でも知られてますけど、このメロディを考えたのはやっぱりメリーランドに居るとき、ただ何年か後だけど。(ん?Tranceの数年後ってことかな?)お父さんが僕の部屋に入って来た時、その時僕が作っていた曲のメロディが凄く良い、って言ったんですね。だからそのメロディがずっと頭の中に合った。クラシック音楽のアレンジをしたらいいんじゃないかと思っていたから、後で、Triumphという名前に変更して、オーケストラのサンプルをつかって演奏しようと試しました。予算が限られていたので、完成したものは、やりたかったことにはほど遠いんですけど、僕が今まで書いた曲の中では一番かちっとした一つだと思います。ちゃんとしたオーケストラで演奏されているのをいつか聴いてみたいと思っています。

というわけでした。
メリーランド、ってのはあれ、子供の頃住んでいたワシントンD.C.のことでっしゃろう。首都のあたりまとめて、コロンビア特別区とか言うらしい。
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by trans_marty | 2006-03-27 12:19 | Interview
そろそろFAQも溜まって来てるんだけど、シツコクStory Behind the Songをやるわけです、春の気配を敏感な俺の鼻はそろそろ本格的に感じ取っている今日この頃、皆様にはごきげんうるわしゅうことと思われますが、いかがでしょうか?鼻セレブという商品名はダイッキライだが鼻セレブ使ってます(苦笑)

本日の元ネタはこちら。とうとう「ラスト・イン・ピース」だぜYEAH!

HOLY WARS
この曲の2番目のソロは、僕が思う通りに録音してもらうために凄く頑張らなければいけなかった!最初のテイクは僕にとってはただのウォーミングアップだったんですけど、プロデューサーのマイク・クリンクはそれが良いと言いました。ファーストテイクを聴いた時、マイクは、「いいと思う。良く出来ました」と言ったんですけど、僕は、「うわーーーーーーーっ!ちょっと待って下さい。僕はまだギターのチューニングもしてないですよ。「本当の」ソロを弾かせてくださいよ」って返しました。マイクと、ムステインも良いと思ってたみたいで、それよりも先に進みたかったみたいで、その時はソロの部分はそのまま棚上げになりました。でも僕は、日が経てば経つ程、あのソロがそのままになってる事がほんとに我慢できなかった。だから、その問題をしょっちゅう二人に持ち出していました、もう一度録音しなおしたいと。最初のテイクがみんな好きだったんで、僕の味方になってくれるひとは誰も居なかった!でも、徐々にマイクを説き伏せて、根負けしてとうとうソロ部分をもう一度録音しなおせるようになりました。もちろんアルバムに収録されているのは、とり直した方のソロです。

<管理人つぶやき:あはははは!その光景が目に浮かびますね。なんかヴィンセントさんもそういう話、してましたもんね。ド・バラエティーのテレビ番組で、ほんのちょっとの部分を気にしてやり直しするぐらいだから、どうしても納得行かない事にはテコで押してもなだめてもすかしても、絶対に引き下がらないんでしょう、そんなガンコな姿が目に浮かぶエピソードですな。マーティさんと仕事する人は大変だぁ!(笑)>


HANGAR 18
この曲は当初はもっと長かったんですけど、かなり編集しました。2インチのテープが床に何マイルもある間を、かき分けてスタジオに入ったのを覚えています。クリンクさんは、「歌詞に良く注意してくれ、エイリアンと火星人についての歌だから、君もどっか地球外からやってきた何かのようなサウンドで弾いてください」と言いました。それは、本当に良いアドバイスでした、それ以後は、僕は以前にも増して歌詞の内容に注意するようになりましたから。

<管理人つぶやき:あはははは!なんだっけ、メガデスのビデオクリップ集で、この時の話してるのあったんだけど、「ニックはジーザスも火星人だって言う奴だからな!」とか何か言ってましたよね、まじめにそう思ってる人を想像するのもかなり楽しいですけどね、でもまぁ、実際は人類はどっから来たか?ってまぁ、本当の事は誰も知らないんだからそういう話もいいじゃん♪とは個人的には思います。俺は既に三十路入りする良いオッサンなわけですが、そんな俺は子供の頃、、、といっても10歳ぐらいまでは、「自分がハタチを超える頃には、少なくとも月か火星あたりには住んでいるだろうな」ってマジで思ってましたから。ええっと、ガンダムとかの影響が強すぎた!というだけなんですけどね、ははは。>


TAKE NO PRISONERS
曲の中間部分に、かなり忙しいリズムギターとリードギターのブレイクと休止があるんですけど、それをタイミング良く演奏するのは超メンドクセー!だった。この頃はもちろん、プロ・トゥールズとか後で最適化するとか無かった時代だから、本当に自分の腕だけが頼りだった。

<管理人つぶやき:で、今はアップルのガレージ・バンドに夢中になってるんでしょうか?マーティーさんもマカー(アップルユーザー)になったのかどうか、オールドスクールなマカーとしては気になります(笑)←マカーはマカーが増えると嬉しい。俺らはどうせマイノリティと自虐的に思ってるので。>


FIVE MAGICS
曲の真ん中あたりのメインのギターソロが自分でもホントに良く出来たと思っています。ギターソロの下にあるリズムギターには、かなりクレイジーな展開もあるんだけど、僕はなんとか頑張って全体のサウンドをプログレくさくなく、けど不気味にアグレッシブな感じに聴こえるソロが弾けたと思う。曲の最後に向かって高速のスラッシュ(スラッシュギターのスラッシュ)なペダリングギターを弾くのが凄く大変だった、だからクリンクさんが、その辺にあったスラッシュ(ガンズのSlashさん)のピックをくれました、そうしたらワンテイクで録音できました。すごい魔法!

<管理人つぶやき:マジ話なのか駄洒落なのかワカラン(笑)>

POISON WAS THE CURE
また超狂ってるリズムの曲!ムステインがそれに合わせて、これまた凄いキラー・リフを弾いてます!この曲のギターソロはアルバムの録音でも一番最初に手がけたものでした。最初に凄く良い演奏が出来てると、その後のアルバムのレコーディングを通して、良かったという気になります。

<管理人つぶやき:キラー・リフ!ってヤンギとかバーン!とかでどう翻訳されてんすかね?日本語でいったら、反語の感じも入れたかったんだけど、ギター用語が解らないので(笑)カタカナのままにしました、すんません。ギターに詳しい人、外人のインタビューの様に会話するのが得意な人、何て言えば良いか教えて下さい(笑)>


LUCRETIA
これは僕っぽいギターソロの良い見本だと思います。僕の流儀が全部ある。すごく上手く行ってるサウンドだけど、でも実はそうでもなかったりする。僕はただ、コードの変化をちょっと変わったやりかたで追いかけて行った、ほとんどジャズのミュージシャンみたいに、って僕は絶対にジャズのミュージシャンっぽくは無いんですけど。このソロのテクニックを説明するのは1ページ半かかるし、音楽教授も必要だと思う。僕はとても気に入っています。

<管理人つぶやき:と、またもや管理人泣かせの表現が出て来たわけです。。。訳してるけど、腹ではワケわかってないです(涙)。管理人はギター持ってるんですけど、ギターは全く弾けないし、ギタリストの気持ちは全然解らないんです。だからこそ、激しくあこがれているワケなんですけど(泣)>


TORNADO OF SOULS
この曲のソロを弾き終わった時、ムステインがスタジオに入って来て、僕のソロを一度通して聴いて、何も言わずに振り返って、握手してきました。その瞬間に、僕はこのバンドのギタリストに本当になったんだ、と感じました。

<管理人つぶやき:と、またその光景を脳裏に浮かべて男泣きするわけです、エエ話やないか。。。と(笑泣)>


DAWN PATROL
アルバムではギターは無いんですけど、オリジナルバージョンでは、すっごくヘヴぃな、不協和音のギターリフがあって、かなり奇妙で本当にこれを録音するつもりなのか、僕は信じられなかった。スタジオで形作られた曲です。

<管理人つぶやき:って言われると、オリジナルバージョンも聴いてみたいと思うのはコレ人情なり。俺は不協和音好きなので。可聴域を超えたノイズは身体が受け付けないけど!(笑)>


RUST IN PEACE/POLARIS
アルバムの中では当時一番気に入ってる曲でした。クリンクさんも凄くエキサイトしてました。この曲のメイン・リフは他のどのロックバンドも全くやっていない独特のものだと思います。本当にユニーク。

<管理人つぶやき:なるほど〜。そう思って、これからまた聴きながら寝るぞ!っと>

おわり(笑)
えっと、別プロジェクトも粛々とのろのろと水面下で進行中であります。。。。もうちょっとお待ちを、でも春が来る頃には何とかなると思う。←ヤケで強気。
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by trans_marty | 2006-02-15 00:29 | Interview
。。。ハイ、頑張りました。。。おなじみStory Behind The Song第5弾はYouthanasiaですよっと♪ そうそう、こないだねぇ、ヘビメタさんで賛否両論だったらしい、けど俺は大好きだった例の来日公演を果たした某バンドのライブ行ってきましたよ、かなり楽しかったディスよぉ〜。ていうかね、あのフロントのね、ペリーにお願い嬢とブラッフォード嬢がね、おまけにドラムのクレイマー女史もね、女の子の方が多いんじゃんカッコいいじゃんいいじゃ〜ん♪って感じでした。某和式なんとかシモンズさん(素顔)とその応援ブログのお姉様ともね、乾杯してきましたよ、楽しかったっす、ウッス!

さーて、やるべか。(←今週はちょっとお疲れ気味で微妙にやる気が少なめらしいので、人参くれると喜びます。)


RECKONING DAY
僕はこの曲すごい好きです。だって典型的な「バースがあってブリッジ来て、コーラスが2回まわして、ギターソロ」っていう、オーソドックスじゃない構成だから。典型的なパターンはいっつもやってるじゃん、ていう。特に真ん中あたりがメロディックでとても気に入ってます。

<管理人つぶやき:あと歌詞もなんかけっこー、いつもと違う視点で俺はそれも面白かったり。>


TRAIN OF CONSEQUENCES 最初にシングルカットした曲で、よくテレビのライブ番組で演奏しました。メインのギターソロは1テイクで録音しました、しかも400ドルのフェンダージャパンのストラトで。僕としては最初のシングルにするのはこの曲以外が良いと思ってましたけど、そのときは色々な理由があってこれになりました。

<管理人つぶやき:なんだろね?理由って。良い曲だと思うけど。てか、結構説教臭いつーか、今時分の我がニッポンで高らかに歌いあげたい感じっすよね(笑)と、個人的には思ったりなど。しかし、常々言ってる、プロだったら5万円の安い楽器でも上手じゃないと!ってのを実践してるあたりはテラカッコヨス(笑))


ADDICTED TO CHAOS
マックス・ノーマンのボーカルプロダクションがすごくかっこいい曲。ただ、その難しいボーカルのアレンジのせいで、ライブで演奏しなかったんだと思うけど。この曲で演奏したクリーミーなギターソロは、エレフソンのレス・ポールを借りて演奏しました。

<管理人つぶやき:なるほど。このアルバムではジャクソンじゃないギターも色々使ってたんだ。ふーん。って俺はドラマーなので違いがよく解らんのだが(笑)。俺?俺はグレッチ一筋!>


A TOUT LE MONDE
これをフランスで演奏したんだけど、一番良かった!何万人もの人たちが、自分の歌をしかも外国語で歌ってるのを聴くのは、本当に信じられないような嬉しい気持ちだった!だけど、信じてもらえないかもしれないけれど、実を言うと、イントロのギターソロは、ラリー・カールトンがライオネル・リッチーの曲「ハロー」でやったソロをちょっとパクったんですけど〜。もし何かコピーするんだったら、すごくヒットした曲をコピーしたら良いかもしれない。。。

<管理人つぶやき:ライオネル・リッチーのがヒットしたかどうか、解んないんすけど、ヒットした曲を一聴しただけではそうと解らずコピーしちゃったりパクったりするのは、すごくおしゃれだと思う。俺も時々、自分のバンドでアレンジするとき、えっ!って言う風味を入れるようにしてる。ずっこけるときも多いが。>


ELYSIAN FIELDS
この曲が何についてか僕はよく解らないんですけど、でも70年代のロックっぽいヴァイヴが気に入ってます。この曲もまた、オーソドックスじゃない構成になってて、そこにバンドの成長の跡を感じます。スラッシュというルーツから来て、本当のロック・スターになったという。かっこいい曲だと思う。

<管理人つぶやき:歌のイメージはなんていうか、天国と地獄と、どっち行く?って神様の審判を待ってる瞬間にその審判を待つ人間の頭ん中にぐるぐるしてる走馬灯、みたいなもんだと思ってましたけど。。。まぁ宗教観が違っても意外とそういうイメージはユニバーサルなもんだと思うんですけど、いかがでしょうか?>


THE KILLING ROAD
これはライブですごく良く演奏しました。Tornado of Soulsのギターソロを、なんていうか、発狂しちゃったみたいな、この曲のソロはそういう感じ。だから、ギター・プレイヤーの人たちが凄く好きになったんじゃないかと思いますけど。

<管理人つぶやき:んっ?これも若干演歌風味ってこと?(笑)>


BLOOD OF HEROES
すっごいロックしてる曲!イントロのオーケストレーションは僕がやりました、僕らにとっては曲にストリング・アレンジメントを追加するというのは、ある意味新しい扉をあけたという感じ。それから、この曲のギター・ソロでは、僕としては滅多に使わないワウワウ・ペダルも使いました。歌詞もすごくかっこいいと思う。

<管理人つぶやき:かっこいーってか、血湧き肉踊る、っすよね。ヒーローは死んでない、その血は〜ッ!いまもぉ〜ッ!俺のォォォ!なかにィィィィ!あるんだぁぁぁっ!って感じっすかね?ジョジョ的に言うと(笑)>


FAMILY TREE
これも良くライブでやりました。この曲が好きだった事は実は一度も無いんですけど、多分、曲のテーマがちょっと気鬱すぎるというか、曲そのものが「どっちつかず」な感じだからだと思う、わかんないけど。でも、もしこれが最初にシングルカットされてたら良かったと思う、きっと。一番キャッチーなコーラスの曲だから。

<管理人つぶやき:俺はこの曲は好きっすね、単純にノリが良いから。ウォーキングしながらとか、サビを一緒に歌ってると内容にびっくりするんだけど。「俺は、今、なんて歌った!?」って(笑)>


YOUTHANASIA
超ヘヴィな曲!!Evolverのビデオ見ると解るんだけど、アルバムのベーシックトラックは全部、ライブ録音したんだよね。スタジオでバンドで集まって。スタジオのでっかいモニターでこの曲のプレイバックを聴いたときは、神々の美酒を飲んでいるように、すばらしかった。分厚くて、ずっしりとヘヴィーなギターが詰まってて、そんな音は聴いた事無かったし、すごく気分が良かった。僕のギターソロは聴いてると、アイルランドのダンス(?多分、リバーダンスとか言う奴?)を思い浮かべるんだけど、このリズムギターが曲全体のキモだとは思う。

<管理人つぶやき:あのダンスですかぁ?。。。今度、そう思いながら聴いてみよう。ギネスを飲みながらぁ〜♪(←左党)>


I THOUGHT I KNEW IT ALL
このアルバムの中でも好きな曲です。これもまた、凄く良い神様のお酒みたいなそういう感じ。ノース・ハリウッドにあるニックの家で、ニックと一緒に曲のコーラス部分を書きました。ジプシー・キングスを聴きなよ!ってニックに薦められて、それにお互いインスパイアされて作ったと思う。こういう曲もメガデスの好きな所。

<管理人つぶやき:。。。ジプシー・キングスっすか!ひゃぁ〜驚いた。そうなのかぁ。。。。なんか、ほら、日本人の耳にはソレ以外の、空耳な所がまず気になっちゃうから、全然気づかなかった!>


BLACK CURTAINS
たしか、この曲もちょっとシンプルに作り直したんじゃないかな、多分メタリカのようなマジックを使ったんだと思うけど、でももちろんメガデス流のやり方でね。ライブで演奏した事は無かったけど。

<管理人つぶやき:なんていうか、ヘルタースケルターって言ってるじゃん?そ意味がよくわかんないっちゃーそうなんだけど、でも俺にはすごくメタルっぽいイメージがある。わけわかんないけど、怖いもの一杯みたいな(←メタルのイメージが貧困、初心者なもんで。)>


VICTORY
スタジオで曲を作ってから録音が終わるまで、たった20分しかかからなかった。曲を作るつもりでも何でもなかったんだけど、なんか出来ちゃったみたいな。ワールドクラスのスタジオで、ワールドクラスの機材に囲まれてワールドクラスの人たちが沢山いると、人はかなりのインスピレーションを受けるということだと思う。演奏したのは何でも凄く良く聴こえるんですよ、音楽がとにかく浮かんで来るというかで。

<管理人つぶやき:おぉぉぉ〜♪なるほど。スーパースター故の産物という事でしょうか。ただただ、何かすごいっすね!想像もできないけど(苦笑)>

と、言う訳でした。お楽しみ頂けましたでしょうか?なんか、ヴィンちゃん報告によると、黄色いハンカチも全面展開というわけじゃあないけど、とりあえず確実にはためくことはちょっと見えてるみたいで、楽しみではあります!そうそう、俺も、こことは別の新プロジェクとを立ち上げましたんで、今後はそっちも頑張って行かないとなぁ〜と思ってるわけです、皆様もよろしくね!新プロジェクトとは?(→Jason Beckerさんホームページ日本語化計画。本人からオッケーもらいましたんで、ほんとに頑張らないと(汗)詳細は続報を待て!)

というわけで、cheerio♪

<追記>
ていうか、黄色いハンケチっ!キターッ!・・・旅?うわっ、俺呼ばれてる?俺って実は根っから旅人なんだけど・・???(笑)いずれにせよ、ヴィンちゃんGJ、そして代理店の方もよくできました!続報を震えて待ってるぜぇ!
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by trans_marty | 2006-02-08 02:18 | Interview
恋のバンダナ渡。。。しません(爆)。最近変な人に好かれて困ってます(汗)所構わず秋波を送るのは身を滅ぼします、皆さんもどうぞお気をつけ下さいね!

と。メルボムでも来るかと思ったのに何も来てないからすっげー拍子抜けな管理人です。今日は、マッチー・トリビュートの発売日ですよ!皆さんゲットしましたか?俺はこれから聴きます!

ていうか、ヘビメタサンダースってバンド名はいつの間に。。。!?

Story Behind The Songシリーズも第3弾となりました。今回とりあげるのはHidden Treasure, Megadethについて、マーティさん大いに語るです。元ネタはこちら


NO MORE MR. NICE GUY
実は、この曲は僕がメガデスのオーディションの為に練習しておいた曲の一つなんですけど〜オーディションに実際行ったら、メガデスのメンバーは皆、この曲がどれほど耐え難いか?ばかりを話していた。でも、すごく不思議な話ですけど、メガデスがイギリスで有名になったきっかけは、この曲でした。みんな、そんなの関係ねぇよ!って感じだったけど。僕もそれは、どっちでも良かったです、なぜなら僕も、この曲はちょっとメガデスのキャラクターに合わないんじゃん?って思ってたから〜。


BREAKPOINT
これが出来たのは、Countdown...の為のセッションをやってた頃で、僕達はこれもアルバムに入れようと思っていた。メガデスはアルバムを作る時は、いつも、作った曲が多すぎてしまうので、どれをアルバムに入れるか、これはシングルのB面に回すか、とかを最後に選ばなければならなかった。この曲はリズムとリードもカッコイイんだけど、もしかしたらCountdown...に入ってるどの曲よりもカッコイイかもしれないんだけど、でもアルバムとしての一貫性は一番少なかったかもしれない、だから使わなかったんだと思います。


GO TO HELL
超たーっくさん思い出がある!曲作りは、日本でRust in Peaceのツアーをやった時のサウンドチェックの間にやったんですけど、「お祈り」の所はエルフソンの奥さんが凄く頑張ってくれた、ノース・ハリウッドのフォーマルなパーティの合間に、ムステインの車の中でラフ・ミックスは聞いたし、ビデオの撮影はシカゴでやりましたが、本当に地獄みたいに暑くって大変だった。特に僕たちのボディ・ガードはすごく大変だったんじゃないかな。どうしても、悪魔の役をやってください、と説得してやってもらったんだけど、撮影は長時間かかっていつ終わるのか解らなかった。その時はムステインも超大変だったんだけど。他のメンバーにとっては、撮影はそんなに大変じゃなかったから(その時の僕の写真が、公式HPのギャラリーページにあります。)、僕はほとんどの時間、シカゴの友達と遊び歩いてました。RIPの後、最初にレコーディングした曲だし、僕にとってもメガデスで最初に作曲者としてクレジットされたものでもあります。このソロは滅茶苦茶「マーティっぽい」と思うし、ムステインの所もすごくかっこいいと思います。

<管理人つぶやき>
お祈りってのは、イントロの女性の声の所だと思います。ていうか、これ聴くと、ビルとテッドが頭のなかでピロピロ♪ってやる姿をまず思い出します。諸説ありますが、世界一有名なエアメタル・コンビだと思います(笑)。。。よく、テレ東の昼間の再放送で見たなぁ。。。


ANGRY AGAIN
Countdown...のツアーが山あり谷ありで、メンバーは皆、ちょっとお互い離れてたんだけど、そんな時に、マックス・ノーマンがこの曲の為に、メンバー全員を(アリゾナ州)フェニックスの小汚いスタジオに招集したんだ。僕らは、(アリゾナ州)スコッツデールにある小洒落たゴルフ・リゾートの、ファンキーなバンガローに泊まってた。僕は。あのスタジオはあんまり良いと思わなかったし、この曲のサウンドも、メガデスの他のどの曲と比べても悪いと思ってた。どういう訳かわからないけど、僕のギター・ソロも、全然僕っぽく無いし。


99 WAYS TO DIE
メガデスの曲の中でもずっと好きなうちの一つ。ノース・ハリウッドのザ・エンタープライズでレコーディングしてた時、2インチの24トラックテープ使ってたんだけど、テープが機械に食べられてしまいました!しかも、殆どのパートの録音が終わった後でした...ボーカルも、ギターソロも、ドラムもベースも、全部終わってたのに!!でもラッキーでした、テープが食われちゃった所は丁度コーラス部分の所だったから。曲の中には同じコーラス部分がいくつかあったので、ぐちゃぐちゃになった所は他の同じ奴をつなぐことができました。Aメロでも、イントロでもソロでも、それが他の所だったら、僕らは全員、いちから全部やり直さなきゃいけなかったですから!!


PARANOID
ブラック・サバスのトリビュート「Nativity in Black」の録音の為にスタジオに入りましたが、僕はそもそもサバスの大ファンですから、サバスのアルバムを5、6枚スタジオに持って行ったんです。僕らは曲を選ぶ事がなかなかできませんでした、というのも、その頃僕らがやってた音にくらべて、サバスの初期の音源はなんかちっちゃく聴こえてしまったからです。僕らはほとんど、がっかりして全部やめちゃおうか、って思ってた。そうしたら、ムステインがパラノイドを弾き始めた。そこにエルフソン、ニック、僕と入って行った。録音テープも回ってて、僕らは一発録りをすることができました。僕はとくに、曲の終わり方が気に入ってます。。。皆が終わった後もニックはドラムを叩き続けてて、ムステインが「ニック!ニック!」って叫ん出る所なんだけど、その後ニックが「Fuck me running!(うるせー!俺は続けるんだー!)」って言い返してるのが頭上のドラム用マイクが拾ってます。とても、メガデスらしい瞬間。


DIADEMS
このDiademってのがどういう意味が僕はわかりませんけど、この曲は僕らにとっては、アレンジに凝りだした最初の曲だと思う。アコースティック部分がとてもかっこいい。Youthanasiaのセッションの時に録音したんだけど、僕は、A Tout Le Mondeで使ったのと同じアルバレスのアコースティックギターを使いました。


【名-1】 (王権{おうけん}の象徴{しょうちょう}としての)王冠{おうかん}、王権{おうけん}、王の威厳{いげん}
日本で言ったら三種の神器とか?エリザベス女王だとあのでっかいダイヤのついた錫杖とか?そういう奴のことでしょうかね?わかりませんけど。。。。


PROBLEMS
メガデスはカミソリの様に鋭利でタイトなメタルのバンドとして知られていますけど、それだけでなく、バンドの中にはパンクの魂がある所が良いと、僕はいつも思っていました。ちょっと変わった組み合わせだと思うけど(パンクとメタルって)。僕はセックス・ピストルズとラモーンズを聴いて育ったから、この曲をプレイするのはとっても楽しかった。


というわけで、ちょいっと短いと思うんだけど、楽しんでくれたかな!?

じゃあね!
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by trans_marty | 2006-01-25 22:27 | Interview
だから、というわけもあり、ネタ切れがいよいよ深刻になって来た事もあり。。。というわけで、皆様お元気でしょうか?2006年もどうぞ、よろしくお願いいたします!

マーティさん公式HPのコンテンツの一つに、マーティさんが今まで作ったあらゆる曲について、ご自身で解説/感想を述べている記事があります。題して、「Story Behind the Song」です。今回は、こちらから、ソロアルバム「Music for Speeding」を取り上げたいと思います。「こういうイメージで作った曲だったんだぁ」と思い浮かべながら改めて曲を聴いて頂くと、結構目から鱗だと思います。

ではいきまっしょい!

GIMME A DOSE
この曲は、AC/DCとカコフォニーとRavenとFastwayが21世紀に融合したら?というイメージ。僕はずーっと、こういう音楽を聴きたかった。イントロの元々のイメージは、酔っぱらいがちょっとギター弾いてみるか、って曲のメインリフを弾こうとする感じ。実はタイミングがちょっとずれている所があったんだけど、本当はもっともっと滅茶苦茶にしたかったと思う。誰か、本当の酔っぱらいを連れて来て弾いてもらった方が良かったかもしれない、それか、僕が酔っぱらった方がよかったかもね〜!

FUEL INJECTION STINGRAY
この曲にインスパイアされて、アルバムのタイトルはMusic for Speedingにした。曲のほとんどは、メガデスに居た頃書いたものだったけど、このアルバムの為にもう少しモダンな感じにした。この曲は、マッスル・カー(管理人注:いわゆる「アメ車」。排気量すごい、でかーい、派手なアイツ)を猛スピードで走らせることについての音楽。タイトルはビーチ・ボーイズの一曲から借りました。ビーチ・ボーイズよりも車の歌を書いた人は誰も居ない(それほど、ビーチ・ボーイズには車の曲が沢山あった)のに、ヘヴィな曲は全然無かったから、じゃあ僕が作らなきゃ!と思ってやりました。この曲はベーシストが二人居ます、ジミーとバリー。ジミーはソロの時にファンキーなベースを弾いてくれて、バリーはずーっとヘヴィなリフをやってくれた。二人のプレイヤーのそれぞれ完全に異なる強さを最大限に生かそうと思って、細かい所まで気を配りました。

RIPPED
この曲は、カコフォニー時代に聴いてからずーーーーっと引きずって来たものがとにかく全部詰まっている。凄く速い、シンコペーションの効いたリードをヘヴィかつモダンな形にどうやればできるのか、そのミックス方法をついに発見することができた。オールドスクールとニュースクールが1曲の中に同居してるんだ。僕のエンジニアのソニック・ビッチはLayla on Speedって呼んでるよ。(管理人独り言:レイラはあのDerek and the Dominosというかクラプトンつーかのアレだと思う。スピードってのはまぁ、超速い!ってのと何か変な薬品でラリルレロ〜ってのと掛けている、のかなーと邪推(笑))

IT’S THE UNREAL THING
アンドリューW.K.とかロブ・ゾンビを思い浮かべるバックビートの曲で、現代風なパーカッションの要素と攻撃的なソロに浮遊感のあるギターアレンジをつなげよう、と思って作った。チリのライブで、CDをバッキングにこれを弾いたんだけど、オーディエンスが途端に猛烈にジャンプし始めて、振動でCDプレイヤーが飛び飛びになった。そんな風に皆を動かすようなこのビートが大好き。Razerという最近出て来たHR/HMバンドがこの曲をカバーしてるんだけど、歌詞とほんとにかっこいいボーカルを加えて、"Do Ya Want It"ってタイトルに変えて演奏している。このカバージョンもかなり良いよ。近い将来、このバンドの音楽をかなりみんなきくようになると思うよ。

CHEER GIRL RAMPAGE
この曲には様々な側面のある、ユニークな要素が沢山つまった、音楽の遊園地といった所。日本のパチンコ/スロット屋の前を通ると聞こえる、あのユニークでハッピーなノイズを思い描いて作った。ドアが開いて、その向こうから魔法にかかったような、ノイジーでポンポン飛び出してくるような音楽が聞こえる感じ。あのドアの向こうではほんとにエキサイティングな何かが起こってるんじゃないか?って思わせるような、そしてその音楽に引き寄せられるんだ。とは言ったけど、僕は実は1回か2回しかパチンコはやったことないです。超難しい!チアー・ガールには、テクノ、バブルガム、ヘヴィ・メタルの要素と僕のちょっと変わったギター演奏が同居してる、ハードでドキドキするようなアレンジの曲。この曲のミックスはほんとに地獄みたいだった、128トラックもミックスしなきゃいけなかったから。あと、曲の終わりの方になるとテープの回転がだんだんスローになるような、そういうサウンドになってるんだけど、これは実際に、24トラックの2インチテープのマシーンに全身で寄りかかって、力を加えて本当にそのテープをスローダウンさせた。この事はスタジオのオーナーに知られたらまずいと思うけど。。。

LUST FOR LIFE
これは最初に東京で住んでたアパートで書いた曲。(←例の6畳のウィークリーマンション!?)ギターが無かったからメロディをハミングしたのをテレコで録音した。この曲の好きな所は、曲の終わりの方で、ギターソロが始まる直前に女の子の声をこっそり忍ばせた所かな。子供の頃の僕は、ギターソロって完全にオーガズムだよ、って思ってたから、うめき声に続けてギターソロ入れたら完璧じゃん?と思った。このレコードの為には、Scenesの一曲、Realm of the Sensesで使ったあの日本語部分のアウトテイクを利用した。僕はまだマスター・テープを持ってるからね!カヨちゃんありがとう!

LOVESORROW
オーケストラのエミュレーション部分としては、この曲のが今までで一番好き。Triumph(サンダー・マーチ)のオーケストレーション・アレンジもこういう風にやりたかった。この曲の録音は何回やったんだっけ??この曲を作る過程で、色々な楽器をオーケストレーションする事について非常に多くを学んだ。僕にとって一番驚きなのは、曲の最初の方の、まるでガラスのようにクリーンなメロディも、最後の方のラウドなギターも、同じひとつのアンプを使ったということ(Crate の300ワット)。この曲は、僕の昔のソロアルバムIntroductionの曲Beでやりたかった事にすごく近いと思う。今回はそのやりたかった事にもっとも近づけたと思う。

NASTYMACHINE
この曲は、ある種の女の子達が上手に使っているnasty machinesにささげたもので、僕が以前にやったどの曲よりもエレクトロニカの要素が詰まっている。アルバムのレコーディングの前に、サンプルを集めて自分のループを作るのに滅茶苦茶ハマってた。Cheer Girl Rampage以外で、もっともシークエンスを多用した曲。こういう曲を作った人って僕以外には居ないと思ってる、つまり、テクノ・ビートに打ち込みベースじゃなくて、レトロな70年代風ディスコ調の人間が演奏するベースの上に速い奇妙なギターを重ねた音なのに、ヘヴィーメタル的なクレッシェンドで終わる、というかクライマックスと言っても良いけど。ある種の、テクノおたく向け"Free Bird"かな?(管理人注:レナード・スキナードのかな?)この曲も128トラック使ったんだ。ミキシング・エンジニアにすげー嫌がられたよ!

<<管理人よりお助け願い>>
ある種の女の子が上手に使うnasty machines(不愉快な、いやーな感じの、なんか機械)ってのが何なのか、俺には解りませんでした。女性陣でお心当たりのある方は、タレコミよろしくおねがいします(笑)

CATFIGHT
このアルバムの中でも気に入っているイントロの曲。作るのがとても楽しかった。韓国の伝統音楽と日本の雅楽を混ぜて、二つともひずませて行ったんだ、言葉やサウンドをストレッチしたりとか、ある部分を逆回転演奏させたり、その類いの事を沢山やった。曲の真ん中で弾いたリフは僕がこれまでに演奏した中でもっともヘヴィなリフだと思う。こういう感じのリフを、しかもループさせて、1時間以上ぶっつづけで聴いても全然平気。家に居る時だったらそれやっても大丈夫じゃんとは思うけど。。。

CORAZON DE SANTIAGO
僕のスペイン語が正しいかどうか解らないですけど、チリのサンティアーゴに行った後にこのタイトルをつけました。とてもすばらしい街でした、あったかくて、フレンドリーな人が沢山居ました。また行って長時間過ごしたいと思う場所です。この曲のテーマはかなりラテンっぽいよね、というか僕みたいな白人には少なくともそう聞こえる。この曲は、Quilogy(4つからなる組曲の意味)の最初の一つ、半分冗談ぽい言い方なんだけど、つまり、最後の4曲はそれぞれ、ある意味のつながりがあるからなんだけどね。
(Corazonってのはまごころ、という意味だったと思う。スペイン語が正しいかどうか、管理人も解らないです。)

0-7-2
この40秒ほどの曲は、クラシカルな意味でな半分は真剣な、だけど半分冗談でもある、メガデスのツアーの最後のいくつかで、実際にライブで弾いていたソロがなんとなーく下敷きになった曲。072ってどういう意味ですか?と沢山訊かれるんだけど、その答えについては、このウェブサイトを見に来てる友達連中に答えてもらおうかな〜と思ってる。まぁ、どういう事かっていうと、つまり日本語でマスターベーションの意味なんだよね。解った?速くて、昔風味のギタープレイで、テクニックは上級だけどメロディは大した事無いっていう。。。イコール、自慰?(笑)いずれにしても、ありがたい事に、さっさと終わっちゃう短さだからまぁ、楽しんでください。

SALT IN THE WOUND
なんともまぁ、いかにもドンパチだぜ!ってタイトルだよね。軍隊の行進曲っぽい、かっこいい、ドラムのルディメンツをJeremy Colsonが叩いてくれてので、「バトル、戦争」の主題を良くイメージさせる曲に仕上がった。この曲のソロのいくつかは、リッチー・コッツェンがエンジニアリングしてくれた、でトラックダウンする時には僕のギターの音になんか妙なプラグインをかけたみたいだよ。

NOVOCAINE KISS
この曲のタイトルはランナウェイズから一部パクりました。これは完全に宇宙っぽい、終わりまでずっとスペーシーな曲です。このスペーシーなイントロは作るのに何時間もかかりました。十分な空間があるかどうかって、みんないつ理解してるんだろうね?「これは終わりました!」って言うのは、いつなの?この曲のメインのメロディはしばらく温めてたから、デモを聴くのがすごく慣れちゃったんだよね。アルバム製作の前に、デモの段階で色々なサウンドを試してみたんだけど、その殆どは気に入らなかったから、最終バージョンではデモ音源のいくつかを実際使ったよ。これは技術的に非常に難しいことなんだ、というのも、全部テンポは違うし、録音素材もDATだったりHDDだったり、バラバラだったから。キーが違うのだってあったんだから。つまり何が言いたかったかというと、この曲を作るのは本当に苦労したということなんだけど。やりがいはあったけどね、作り終わった後ならどんなに大変だったかなんて、あんまり覚えてないもんだし。とにかく、完璧なアート作品に仕上げたかったら、(アートじゃなくて、完成品ならなんでも同じだけど。。。)子供の頃からずっと、もうじき死んでしまうと解っている人の頭の中には、一体どういう音楽がかけめぐるのだろうか?という疑問をいつももっていた。(ちょっと、深刻なコンセプトではあるんだけど。。。)僕は、その音楽はこんな感じじゃないかなぁ?という考えにたどり着いた訳です。
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by trans_marty | 2006-01-09 12:07 | Interview
http://www.metalmaidens.com/vixenhawaii.htm

というわけで、我らが「ま」さんのハワイ時代を知る貴重な人物「ヴィクセンのボーカル、キム・ラ・チャンス嬢(当時)」へのインタビューを見つけましたのでそれをさらりさらりと解釈してみましたよ、っと。いやね、ヴィンセント3回目で「ま」さんが白状してた、「実はですね、当時ベーシストが居なかったんですよ、でも写真をとらなくちゃいけなかったんで、しょうがないから、僕の妹に、ヒゲ描いてタバコ吸わせて、男の名前つけてベーシストにしましたよ。でも結構ボインちゃん(←誰か、もっと別の最新表現を教えるように!)だったから、Tシャツで押さえて(笑)」という件について「妹が見たいぞ!」と燃え上がってググりまくった訳なんですが、この元ネタページに、なにやら怪しい写真がありましたそういえば。ただこれが問題の写真かどうかは、真偽不明です(笑)どうやら、当時のアルバムのスリーブにあるらしいですよ?当時のヴィクセンのアルバム持ってる人、スキャンしてどっかにアップしてたもれ〜。

というわけで。キム嬢、昼下がりの激白「あの頃アタイは若かった」です(ホントに今いくつなんだろね。大体の男の40代は渋みがあっていいものの、大抵の女の40代は。。。個体差が激しいので。。。でも、まだばりばり、バンドやってるそうですよ)

アタイら(メタルメイデンという鉄子専門HPの中の人、オランダ人らしい。以後、俺の個人的な趣味により、インタビュアーの名前は「鉄子」に、彼女の主語は「アタイ」に設定させていただきます。)がキムにコンタクトとったときったらもう凄かった。だって!!!!!!あの「エンジェルス・フロム・ザ・ダスト」を歌ってる人なんだものぉ!ウン年もテープ交換やってるアタイとしてはさ、彼女の声にはもう、どっぷり恋していたわけで。ヴィクセンってバンドなんだけどね、つまりこのキムのすんばらしいボーカルとあとマーティ・フリードマンの高速リフが肝で、80年代のアメリカのメタルシーンを代表するバンドなわけ、アタイにとっちゃ!キムはヴィクセンを去ったあとにマリーシャってバンド始めたんだけど、このバンドも実にすばらしい音楽を作って居たにも関わらず、こつ然と姿を消しちゃってアングラなヘビメタギャルバン、ドリヴン・スティールをやってたそうよ。そしてついに、2004年にコンピアルバム「The Works」でシーンに復活、アタイらがこのパツキンのスーパービッチにインタビューさせて頂く機会がようやっと訪れたってわけ。んまぁ、ほんと完璧なタイミングよね!

鉄子:キムさんが音楽を始めたのはいつですか?歌以外に何か楽器はやってますか?
キム:アタシが歌い始めたのは確か80年代初頭で、カバーバンドに居たのよ。ギター弾きたかったんだけど指先が痛くなっちゃうじゃなーい?だから次はピアノをやってみたんだけど、なんか楽器にしばられて動けないじゃない、だからこれもダメ。今はコルグのカオスパッドをライブで使ったりするけどね、あとは、即興ビジュアルコントロールができるらしいエディロールの装置はどうかしら?って思ってる所」

鉄子:ヴィクセンの前には何かバンドやってましたか?どんなジャンルでした?
キム:とにかくカバーバンドをやってたんだけど、それでつまりパフォーマーとして開花しはじめたんだけど、ただバンドの名前とか全然思い出せないのよーう!ヴィクセン始めちゃったらもう、全然無意味なバンドになっちゃったからね」

鉄子:ヴィクセンの前にレコーディングとかはしたんですか?
キム:確か、サバスのHeaven & Hellの曲は殆どカバーしたはずよ。

鉄子:じゃあ、ヴィクセンのメンバーになったいきさつを教えて下さい。
キム:あたし、メンボを見てたのね、そしたらヘヴィーメタル・ギター・レッスンの広告を見つけたのよ。で、思った訳。この男と知り合っておけばきっと、どこかのバンドに入るきっかけになるかも?って。シンガーを探してるバンドにね。で、その広告を出したのがマーティだったわけ。で、彼のバンドが実はシンガーが居なくて探しているんだって言われて、じゃあ、とリハーサル見せてもらったのよ。あたし、一目で恋しちゃったわよ、そのバンドの音に。オリジナル曲をやってるバンドに入るなんて、すっごいチャレンジだわ!って盛り上がったわけ。

鉄子:キムが加入した当時すでにヴィクセンて名前はあったんですか?あと、そもそもヴィクセンって付けた理由はなんですか? (注:ヴィクセン、とは「ガミガミ女」という意味。)
キム:まだバンド名なんてなかったわよ、あたしが入った頃は。METって名前にしようとも思ったんだけど、あたしがヴィクセンって思いついたの。女ボーカルが居るバンドにはそっちのほうが良いじゃない?って思ってさ。

鉄子:加入当時のメンバーは誰でしたか?初期の頃にメンバーチェンジってありましたっけ?あと、キムが最初のシンガーだったの?それともキムは誰かの後釜だった?
キム:オリジナルメンバーは、マーティがギターで、ジェフ・グレイヴスがドラム、ポール・エスコルペソがベース、けど数ヶ月しかもたなかったんだけどね。ヴィクセンのシンガーは、あたしだけよ。

鉄子:バンドとして最初に作った曲はなんですか?ヴィクセンではどうやって曲をかいてましたか?つまり、バンドの作曲プロセスについて知りたいんですけど。
キム:最初に作った曲はNew Age Rock-n-Rollerだったわね。当時あたしはかなりのポエムっちゅーか歌詞のネタは既にあったんだけど、歌詞のフォーマットでは全然無かったのね。で、マーティがやってきてかっこいいリフをいくつも聞かせてくれて、それを曲にアレンジしてくれてさ。で、それに合わせて最初の歌詞を書いた訳。で、ジェフとポールがその他のパートを後からつけて、すぐにスタジオで練習したのよ。ただ、New Age...は録音ぎりぎりまで完成しなかったかな、確か完全に終わったのは、2003年の8月にボーカルをとり直してからよ。

鉄子:その頃影響を受けたバンドって何ですか?キムがもっとも影響を受けた人って誰でしたか?あとマーティが当時好きだったギタリストについても教えてくれないかしら?
キム:あたしが好きだったのはパワフルなシンガーの居るバンド、ツェッペリンとかジューダス、サバスにパープル、スコーピオンズにヴァン・ヘイレンにフォーリナーでしょ、その後だとクイーンズライチとかハート。NEOBHMの影響が中心ね。当時のアメリカはディスコとニュー・ウェーブ全盛期で、あたしに言わせれば黒板を爪でひっかくぐらい最悪の音楽だったわよ!あとマーティはとにかくウリ・ジョン・ロートの影響が強かったと思うけど。

鉄子:Angel From The Dustはあの有名なUSメタルIIコンピ版、マイク・ヴァーニーのやつね、あれの最後に収録されている訳だけど、この曲を選んだのはキム?それともマイク?
キム:Angel...は、一番最初にレコーディングした曲なのよ。そのコンピ盤の選定のためにあたし達はAngel...の最初のデモテープを送ったんだけど、マイクが気に入ってくれたみたいで、ただもっとギターが欲しいって言われて。で、もっかいスタジオで録音しなおしたのよ。

鉄子:世界的に有名なあのMade in Hawaii EPを録音したあと、これは片面しか使われてなくてB面は真っ白だったわよね。フルアルバムを作れるぐらい曲数ができるまで待った方が良かったんじゃないかしら?なんで片面だけでレコード出しちゃったの?
キム:これはアズラ・レコーズのデイブ・リチャーズが手がけたんだけど、アルバムのカバーデザインと片面だけ、ってのは彼のアイディアなのよ。片面だけに録音する方が安上がりだったから。

鉄子:実は、アタイってば、このEPのピクチャーディスクも持ってるんだけど、厚紙でバイオとバンドのサイン付き写真もついてるやつね。確か150枚限定で作られたわけで、その貴重な1枚なんだけどね。このピクチャーディスクっていうアイディアはどこからきたの?キムはこれ、持ってる?
キム:アズラのデイブがその手のピクチャーディスクが好きな奴でね、だからそれを作ったというだけなの。あたしが好きなヴィクセンのレコードは透明の青いドーナツ盤ね。もちろんピクチャーディスクも持ってるし、他のプレスとかメディア資料も、各国語でもってるわよ。写真とかプレスきっととか81年から82年頃にかけて貰った世界中のファンの手紙とか。

鉄子:これらのレアアイテムの価値がどのくらいかご存知ですか?
キム:全然、わかんないわね。

鉄子:デモテープの中には、カバーソングもありますよね。中でもアニマルズの古典的名曲「朝日のあたる家」もカバーしてるんですが、なんでこの曲を選んだんですか?
キム:朝日のあたる家、は確かあたしらがよくジャムってた曲なのよ。リハーサルでね、次なにやるー?なんて考えている時によくカバーをやってたわけ。で、朝日のあたる家はよくやってたから、バンドの演奏もかちっとしててすぐできたから、で、録音したってわけ。

鉄子:ええと、ではライブの話にうつりたいと思うんですけど、一番プレイが難しかった曲ってなんですか?
キム:ライブのセットリストはいつも、あたしとマーティで考えてたんだけど、でも曲が難しいかどうかなんて考えた事はなかったわね。ライブの頭にやる方が好きな曲ってのはあったけど、つまりウォーミングアップであり、その曲のノリとか内容が向いてるとかの意味でね。

鉄子:80年代初頭によく一緒にライブやったバンドってありますか?
キム:当時のハワイでは、ヘビーメタルは全く需要がなかったの。アメリカ全体がディスコとニューウェーブ全盛だったからね。メタルは完全にアングラだったから、プライベートなパーティとか、基地内のクラブとか、バンド対決とかそういう所でやってたわ。

鉄子:朝日のあたる家、以外のカバーって何かありますか?
キム:あたしらはよく、Jefferson StarshipのSomebody To Loveとか、あとストーンズのRed Door(注:多分Paint it Blackのこと)でしょ、プリテンダーズのMystery AchievementにジューダスのLiving After Midnightとか、他にもやったと思うけどちょっと思い出せないわね。

鉄子:Angel...の話に戻りたいんですけど。多分、バンドにとっても一番好きな曲の一つだとは思うんですよ、だってコンピ盤とかに良く登場してるし、デモとかにも色々と。確か、マーティが前にやってたバンドDEUCEから拝借した曲だと思うんだけど、同時にヴィクセンにとっては最初の曲でもあると思うのね?ってのはアタイの場合長年のテープ交換からそう考えているわけだけど。アタイが一番好きなヴィクセンの曲でもあるんですが、キムはどの曲が一番好きですか?その理由は?
キム:Angel...がもちろん、あたしも一番好きな曲の一つだわね。これとLiving In Sinが、あたしらが最初に録音した曲なのね、コンピ盤でしか無い奴だったらNew Age...が一番かな。好きなのはなに?って聞かれたとき、ひとつだけ選ぶってできないのよあたし!

鉄子:ライブの思い出ってなんかありますか?
キム:PAが上手くいったギグは良いギグだったわね!Battle Of the Bandsの為のオーディションがあったんだけど、これは忘れらんないわね。ベースのポールがやめちゃって後釜がまだ探せなかったのね、で、あたしらは、ベーシスト無しでオーディションやったらどうなるか?試してみようってなったわけ。だからオーディションの時は、あたしとマーティはずーっとヘドバンして二人して頭突き合いしたのよ!もう、めまいでちょっとふらふらになりつつ、頭にタンコブ作りつつやって、オーディションに受かったのよ!

鉄子:アタイらがヴィクセンの話をするとき、必ずハワイ出身っていうのが話題になるんだけど、キムはその後もハワイで活動してたんですか?それとも本土に移った?
キム:あたしらは完全にハワイのオアフ島だけでやってたわね。レコーディングは全部ホノルルのランデブー・レコーディングでやったの。

鉄子:アタイらが知ってるハワイ出身のバンドって言うと、ハワイでしょ、アロハにあとセイクレッド・ライトぐらいなんだけど。他にハワイ出身のバンドって知ってますか?あと当時のメタルシーンてどんな感じでしたか?クラブとか沢山あった?どこでライブやってました?
キム:Sacred RiteとSabreは覚えてるけど、あともちろん、ハワイとアロハね、ヴィクセンが終わったあとマーティがやってたバンドでしょ?あとマリーシャがあたしがやってたバンドだけど。あたしら含め何個かのバンドをのぞいたらメタルシーンなんてものは無かったわよ。で、限られた数カ所のライブハウスでだけやってたの、ホノルルのクラブじゃ、トップ40とかハワイアンとか、観光客向けのバンドしかほしがられなかったからね。

鉄子:Made in Hawaiiを出したあとのヴィクセンはちょっと鳴りを潜めましたよね?その頃何をやってたんですか?次のアルバム用に曲を書いていたんですか?
キム:EPのリリースがあったころにはヴィクセンはもう解散してたのよ。

鉄子:キムとヴィクセンの間に一体何があったんですか?ヴィクセンはたしか、リサ・ルイスというボーカルを後釜にいれてますよね?
キム:さぁ、ただ時間の問題だったと思うけど。その時点でやるべき事は全部やってしまったというか、で、このミレニアムにThe Worksもリリースされた、と!わかるでしょ?1982年当時のあたしは、カリフォルニア、ロサンゼルスに行きたくて仕方が無かったの。ヴィクセンをやめたあと、ダリアン・シシドとランディ・ハノと一緒にマリーシャを組んだんだけど、彼らもロスに行きたがってたから。ハワイに居た最後の数ヶ月で5曲録音したわね。

鉄子:リサが後釜に入った時、あったりしましたか?ヴィクセンがどうやってリサを見つけたかしってますか?
キム:リサには合ってないのよ。聞いた話だけど、リードシンガーになるつもりも、メタルシンガーになるつもりも無かったし、それどころか音楽すらやったことないって聞いてたわ。それがほんとかどうか、あたしは知らないけど。

鉄子:ヴィクセンを辞めた後自分のバンドをはじめましたよね?これって、もっと創作の自由が欲しかったからですか?それともよくある、音楽的な相違が理由ですか?それとも他の理由があったんですか?
キム:ダリアンに出会ってすっごく良いヴァイヴを感じたのよ。メタル音楽に対する本物のエキサイトメントとか、もちろんベーシストとして、凄く良いと思ったから。マリーシャで一緒にやったらすごくいいヴァイブが生まれるだろうなって思ったのよ。

鉄子:マリーシャのメンバーとはどんな交流がありましたか?
キム:ダリアンはロスからオアフに戻ってきたのよ、ちょどヴィクセンがベーシストを探してるって聞いて。で、電話してオーディションしてくれないか?って。だけどヴィクセンはもう終わったから、マーティの電話番号を教えてあげて、マーティの所でどうか聞いてみたら?って言ったの。あと、ロスに行く前にちょっとレコーディングしたいっても話したかな。で、彼はマーティとあって、その後私の所にきてマリーシャを始めたってわけ。

鉄子:マリーシャってバンド名はどういう意味ですか?
キム:なんかメタルっぽい感じって思ってつけたの。意味は特には無いわね。

鉄子:マリーシャでライブってやりましたか?一緒にやったバンドは?
キム:マリーシャは作曲と録音だけに専念してたわね。

鉄子:マリーシャのツアーの時に、ヴィクセンの曲は演奏してたんですか?
キム:ロスに引っ越す前は5曲作って録音するぐらいの時間しかなかったから、ヴィクセンの曲はやってないわね。あたしは、何かひとつやり終わったら、次!って先に進む人間なの。

鉄子:ライブでカバーってやりますか?
キム:カバーはやんないわ。オリジナルで勝負よ。

鉄子:マリーシャはアルバムServe Your Savege Beastしか知らないんですけど、マリーシャは他には曲はありますか?リリースされていないものっていう意味ですけど?
キム:録音した曲は全部アルバムに入れたわよ。

鉄子:このデビューアルバムに対するプレスの反応ってどうでしたか?アタイが知る限り、世界中でいくつか凄く良い評価を受けたはずなんだけど!
キム:ケラング!紙のポール・スーターには誉めてもらったかしら?マリーシャのLove For The Dayが良いって。確か、「おばあちゃんの目からも涙がこぼれるようなすばらしい曲だ」って言ってたかしら。メイデンの曲No Tame A Landに、Escape The Night から切り取ったマーティのリフが入ってる!とかの記事だったかしら。あたしらのファンの一人にメイデンのグルーピーが居たんだけど、彼女がスティーブ・ハリス(メイデンのベーシスト)にヴィクセンのデモを渡したらしいのよ!それでそうなったっていうね!あたしが知る限り、マーティはスティーブから盗んだりしてないわよ!まぁでも、これが過剰反応にせよ無意識の所作にせよ、わかんないけど、バンドにとっては良い宣伝になったわね!

鉄子:一方では、ネガティブな評価もあったわけですけど、ネガティブな評価にはいつもどう対処してますか?そこから何か学ぼうとしますか?それとも単に早く忘れるように努力してますか?
キム:誰も彼もを喜ばせようなんてできっこないのよ、誰も。だから対処なんて必要ないの、手に入るレビューは全部読んだけど、良かろうが悪かろうがあたし自身は何の影響も受けなかったわね。みんなそれぞれ、意見があるってだけのこと。あたしは自分の意見やアートについて、他人の言葉を借りたりしないのよ。ただ、いつも最悪の批評家はあたしなんだけどね!

鉄子:....Savage Beastの後はどうしてアルバム作らなかったんですか?
キム:とにかく燃え尽きちゃったのよ。アルバムが両肩に重くのしかかってたから、終わったあと休みたかったの。他の事に注意を向ける時間が必要だったと言うか。

鉄子:なぜ、あまり有名でないレーベルSharden Kaneから出したんですか?
キム:Shardenはロスにあるインディーレーベルなんだけど、興味をもってくれたからね。確かパーティでこの計画の話をしたのよ。

鉄子:アルバムの冒頭を飾る一曲Valkyrieはオーヴァードライヴの前のギタリスト、Janne Starkに捧げられてますよね。何か特別な理由があるんですか?
キム:Janne とあたしは以前から、手紙の交換をしてたのよ。音楽についてとか色々意見を言い合ってね。家族みたいな気持ちがあるのよ、ジャンヌに関しては。あたしも北欧系の人間だし、彼女もそうでしょ、だから何か関係のある曲を書きたかったの。だからワルキューレという曲を作ったの。ワルキューレは、女戦士のパワフルなイメージを象徴してるの、あたしはそれが好きで、だから同じようあたしのインスピレーションとなった人に捧げたかった。

鉄子:マリーシャを辞めたのはどうしてですか?キムが辞めた後バンドはどうなりましたか?
キム:マリーシャのアルバムには実際には3回メンバーチェンジがあったのよ。あたしが居たのは2、3回目の頃でアルバムを完成させるためよ。もともと長期間続くバンドじゃなかったわけ。

鉄子:1992年には女ばかりのメタルバンド、Driven Steel に入りましたよね。このバンドの鉄子さんたちとはどうやて知り合ったんですか?
キム:ミュージシャン名簿でギタリストのジュリア・ロバーツを見つけたのかな。で、ベーシストのケリー・ヘッカートとドラマーのウェイド・ブラウンを集めてリハーサルしたの。お互い気に入って何年か一緒にやってたわけ。

鉄子:このバンドでは実際レコーディングはしたんですか?
キム:プリプロのテープは作ったんだけど、それだけかな。ハリウッドとかロスのライブハウスでの活動が中心だったからね。

鉄子:なんで短期間しか続かなかったんですか?
キム:このバンドは脊椎が悪くてね、ドラマーがいっつも爆発してたの。最後のドラマーが爆発しちゃったときに私はやめたってわけ。(注:なんかもしかしたら違う意味かもしれないです。男癖が悪いドラマーがいた、ってことかも。ちょっと俺の英語力がおいつきません、あしからず)

<<10月28日修正>>
コメント欄のstone氏のご意見により修正上の部分修正させて頂きます。。。
Why did this cooperation last so short?
Kim: "DRIVEN STEEL had bad Spinal Tap-itis. Drummers were blowing up everywhere! I left, when the last drummer blew up.”
鉄子:なんで短期間しか続かなかったんですか?
キム:このバンドはなんだか呪われてたのか、何人もドラマーに恵まれなくてね・・・最後のドラマーが自滅しちゃったときに私もやめたってわけ。<<ココマデ


鉄子:1993年以後はキムが何をやっていたか、アタイらは調べがつきませんでした。93年から2003年までの10年間何やってたか教えてくれますか?
キム:バンドを辞めた後は、あたしはヒーリングの勉強をはじめたの。(と、以後、ヒーラーとしての力があって、こういうヒーリングとかアロマセラピーとかやってました、というニューエイジ気味な話なので割愛。)

鉄子:2004年まで音楽的にはどんな感じですか?スペースドラムスというバンドをやってることとか、クリスタルワークってプロジェクトをやってると聞いてますが?最近他には何かバンドやってますか?
キム:スペースドラムね!このバンドは凄く今好きでね。(と今の話なのでしばらく割愛。)

鉄子:New Age Rock-n-Rollerを数種間前に録音し終えたそうですけど、これはもともとあった曲ですか?それとも今回のアルバムの為に作られた物ですか?
キム:もちろんヴィクセンで書いた曲よ。ただ、当時は解散直前に音楽だけしか録音してなかったの。普通のカセットテープに録音したラフミックスしか持ってなかったのよ。だから、ボーカルを入れて最新のテクノロジーでどうにかしてアルバムに入れようって思った訳。とうとう日の目を見てよかったわ!

鉄子:マーティがこの曲を最初に聞いたときの反応ってどうでしたか?
キム:彼は、背景を聞いてなかったら、絶対にヴィクセンの頃に録音したやつと思っただろうって言ってたわね。

鉄子:The Worksはヴィクセンのマテリアル全部が網羅されてるんですか?それとも他に将来的にまだ出る予定がありますか?
キム:The Worksで全部よ。あと何曲かあるけど、録音してないから。

鉄子:The Works のレビューがこれほど良かったわけで、メタル時代を懐かしく思ったりしませんか?
キム:もちろんよ!未だにアツいわよ、けどスペースドラムで創作の自由を満喫してるからね。

鉄子:ヴィクセンのライブをやってCDをプロモーションする計画はないですか?
キム:ショーの計画は無いわ。

鉄子:ヴィクセンの再結成はありえますか?何かの目的の為だけでもメンバーをもう一度集めるとかないですか?
キム:そういったたぐいの計画をする準備はできてないわね。マーティもあたしも、それぞれフォーカスしてるプロジェクトがあるわけだし。

鉄子:マリーシャについても同じでしょか?将来的に出せるマテリアルとかありますか?再結成とか?
キム:それは全部もう、過去の事なのよ。録音したのは全部アルバムにあるわ。

以後、ギャルバンについてとか鉄子へのメッセージとかなので割愛。
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by trans_marty | 2005-10-23 04:42 | Interview
ぐあぁぁぁ。。今頃になって良心の呵責がぁぁぁぁぁ。
ちゃんと許可とってからマーティ語調に化けさせるべき、だよなぁぁぁぁ。
でもマンドクセ(笑)ブログでやる理由は結局、俺の脳内の「間亜定さん」の仕業という言い訳。
つまり、全ては俺の脳内妄想だ。だから許して!キッズ(笑)に喜んでもらいたい一心で時間突っ込んでるんだ俺は!

というお祈りをミューズに捧げさしていただきました。。。今夜の祭り前にもうひとワッショイ!頑張りました。シェゲナベイベ!ドウゾ!!!
ネタもとはこちら:http://www.the-fuze.com/martyfriedman.html

カコフォニーとメガデスの前にもソロ作品を作っててしかもレコーディングもしたって聞いたんだけど、将来的にその未発表作品が世に出るチャンスはありますかね?

ま:「もちろんその可能性は大いにあるんですけど〜、でも、ほんとにかなり先になりますよ。」

所で私は(インタビュアー)、マーティが出した一番最初の教則ビデオ持ってるんですよすごでしょ!でこの「エキゾチック・メタル」の他にもメロディック・コントロールにエレクトリック・ギター:1日目とあとエッセンシャルっていう教則ビデオ出してますけど、これらの製作についてどういう経験を得たと考えてますか?

ま:「今までほんとに沢山、教則ビデオ作りませんか〜?作りましょう!っていうオファーを受けたんですワ。ほんとに沢山。で、何か言ったら面白いでしょー?という事があれば、出来るだけ伝えるためにビデオ作りましたよ。まぁ、結構簡単にできるし割と楽しかったですからね。と、今言いましたけど、実はですね。。。丁度、新しいビデオ作り終わった所なんですけど、これは俺が今まで出した教則ビデオの中でベストですよ。このDVDを見て勉強になりません!というギタリストは絶対に一人も居ないと思いますけど!俺のこの新しいDVDと同じスタイルの教則ビデオを作る人が、他にももっと沢山居たらすごく良いと思うんですけどね〜もし他にあれば俺は全部必ず買います!今年の終わりまでには発売しますから、今宣伝するのはそれぐらいですね。」

最初にも言いましたけど、私はエキゾチック・メタルから今も沢山教わってるんですよ。。。こんな風に長い期間、様々な人々、私のようなギタリストを含めた人間に影響を与え続けている事、テクニックを教え続けられている事についてご自分ではどう考えてますか?

ま:「ちょっと誉め過ぎだと思うけど(笑)でも、他に沢山ある中から俺のビデオを選んでくれるのは、それはちょっといい気分ですよもちろん。」

こんなに長い間活躍していてもまだインスピレーションを受けていますよね?本とか映画とか何かそういう見聞きしたものからインスピレーションを得ているのですか?それとも周りにいる人とか他のプレイヤーとかからですか?

ま:「そうじゃないんですよ、俺はほとんど本読まないし映画もあんまり見ないです、他のギタリストの演奏も、、、正直に言うと興味はあまり無いですよ。ただ本当に音楽が好きで、俺はギターで音楽を作りますから、インスピレーションは何か探すとか全然無いんですよ。」

インスピレーションの話を続けると、実は私は未だにジェイソン・ベッカーとやっていたカコフォニーが好きでして。。。ジェイソンの話にはとても刺激を受けるんですよ。で、マーティは今もジェイソンとコンタクトがあると聞いてますけど、彼があの病気になる前と後で友情に変化ってありましたか?

ま:「すごく良い質問ですね。もちろんジェイソンが病気になったからといって、俺たちの友情は全然変わらないですよ。だけど、病気になった後は昔よくやってたんですけど、ジャムセッションしたり曲を作ったり、昔はちょっとだけ優しい喧嘩しながら一緒にやってた事が今は出来ませんから、寂しいと思ってます。」

トリビュートアルバムでジェイソンの曲を演奏したとき、技術的ではなく感情的に難しかった事とかありましたか?

ま:「ほんとうに難しかったよ!!!「Black Stallion Jam」でギタリストが二人で演奏する所を一人だけでやりましたから、ジェイソンと俺の二人分。ジェイソンのパートをジェイソンになったみたいに演奏したのは楽しかったですけど、でも。。。ジェイソンの分もやらなきゃいけないと言う事に実は、凄く落ち込みました。。。本当はジェイソンがやるべき演奏ですから。ほんとに心は哀しかったです。。。俺のギター友達が居ないんですから。」

。。。カコフォニー時代の一番楽しい記憶というのは?

ま:「音楽以外の事も沢山楽しかった、ジェイソンと一緒に居た事ですけど。色々全部、楽しかったですから。。。ガールフレンドたちと一緒にいっぱい、馬鹿みたいな事沢山しましたよ。。。ウォータースライドやったりアメフトの試合見に行ったり、チェスをやったり。俺はいつもジェイソンに負けたんですけど。」

ジェイソンもマーティも、カコフォニーのあとすごく出世しましたよね、ジェイソンはデイブ・リー・ロスのバンドに入って、マーティはメガデスに入って。その事についてはどう思いますか?

ま:「良かったという気持ちとちょっと残念という気持ちの半分半分かなぁ。彼が病気になったとき、実は俺も腕をけがしてもう人生終わりだ!って感じでしたから。俺はその後、腕のけがはちゃんと治りました、でもジェイソンはバンドを辞めなくちゃいけなかったでしょう。」

メガデスに入るとき心配事はなかったですか?つまりムステインはああいう評判の持ち主だったから。。。

ま:「だけど俺は心配しなきゃいけない事は、実はあんまり知らなかったんですよ。だから、会ってみたらかっこ良かったし、一緒にジャムしても上手く生きましたから大丈夫でした。」

メガデスに加入する時に一番大変だった事はなんですか?

ま:「最初に一番大変だったのは、メガデスのリズムを演奏するのにピックの使い方を変えたことかな。その前は俺はピックは逆さまに使っていたんです、だけどピックはちゃんと持ったほうが難しいリズムを刻むのには良かったから。ピックの持ち方を変えた時になれるまで1ヶ月ぐらいはかかりました」

マーティはメガデスの歴史の中でももっとも長く居たメンバーですよね。その秘訣はなんだったのでしょうか?

ま:「ケミストリーが凄く良かったんですよ、ちょっと上手く説明できないんですが、とにかくウマがあったからだと思います。」

メガデスを脱退した時のことについては、感情的な問題は全然なかったというのは沢山聞いてるのですが、でも本当に後悔することは無かったんですか?バンドに居た事についても、それから辞めた事についても。。。?

ま:「ほんとに全然ないです。俺にとっては、もっと先に進まなきゃ行けないタイミングだったんです。バンドのメンバーの事は兄弟みたいに好きでしたけど、それと同じぐらいの気持ちで、俺はもう行かなきゃだめだ!と思ってやめました。俺にとってはそれが正しい事だったから、あのときに辞めるのが。」

ムステインがメガデスは終わりだと言った時に、マーティは他の2人、つまりエルフソンとニック・メンザと一緒に3ピースのバンドをやろうと考えなかったですか?

ま:「実は、エルフソンとジミー・デグラッソとは一緒に、俺のスタジオで何曲か録音したんです。ボーカリストを探したりもしたんですよ。だけど、それよりも先に進む事は無かったです」

私は、マーティとAlex Skolnickの古いインタビューを持ってるんですけど。。。有名なコンビでしたよね。アレックスとあと、元メガデスとしてまた有名なクリス・ポーランドと一緒にツアーしたのはどうでしたか?

ま:「すごく楽しかった!ほんとに、すげぇ〜ぶっとんでるツアーだったんだよねぇ。。。すばらしいファンも沢山来てくれたし、俺はソロでツアーに出るのは初めてだったからね。二人ともほんとにすばらしいミュージシャンであり、良い人たちでした。」

すごいノリノリのジャムセッションとかありましたか?

ま:「サクラメントが最後だったんですけど、その時にDeuceを一緒にやったんですね、で俺とあとアレックスはどっちも凄いKISSのファンでしょ?だからほんとに楽しかった!だけどクリスは。。。楽しかったかどうかちょっと心配(笑)彼はジャズメンだから!ほんとはすっげー怒ってたかもしれないね!(笑)」

クリスとメガデス時代の話を教え合ったりした?

ま:「あんまりメガデスの話はしなかったかな。別々のツアーバスに乗ってたから、あんまり一緒に話す時間は無かったです、残念ですけどね」

もちろん、自分のプロジェクトをやってる方が自由だと思いますけど、でも別の有名なバンドに入ったりするチャンスはありますか?

ま:「実はもう入ってるんですよ!今、日本ですごく有名なバンド2つと一緒にやってますよ。あとは僕のバンドの準備もしてます!」

新しいメガデスのアルバムのツアーについて、最近のムステインのインタビューを読んだら、マーティが参加したいならいつでも歓迎という事を言っていたんですけど、その公算はありますか?

ま:「今メガデスがやってる事はあんまり俺は興味ないから、参加するの可能性は低いんじゃないかな。ムステインは彼がやりたい事を完全に自由にやった方が良いと思うから。俺は、今自分がやってる音楽をすごく楽しんでいるから。もちろん、将来も絶対にメガデスをやらないという意味じゃないんですよ、それは誰も解らないでしょ?もちろん俺はメガデスに長い間居て、メガデスの歴史の一部だった事は凄く誇りだから、それはもうそのままでとっておきたいんですよ。俺は、昔やってた事をまた戻ってやり直したり、しないですから。」

今までマーティは色んな有名なミュージシャンと一緒に仕事をしてきたわけですが、これから一緒に仕事をしたい有名人はいますか?

ま:「つんく!でしょ〜?フィル・スペクターにあややと一緒にやりたいですし、あと浜崎あゆみと、ガクトとB'z、ブライアン・メイと一緒にやりたいですよすごく!」」

喜多郎と一緒に仕事したのはどうでしたか?

ま:「もうこれは本当に最高でした。喜多郎は、シンプルである事は凄く難しいけど大切ですよと教えてくれました。」

日本語ぺらぺらじゃないですか?今のように喋られるまでどのぐらい時間がかかりましたか?私も個人的に日本語勉強してみたいなぁと思ってて、だから聞きたいんですけど。

ま:「もちろん今は日本語はぺらぺらですけど〜でも今も勉強はしてますよ。これは終わらないんです。音楽と一緒ですよ。沢山勉強しても、「オッケーもう十分ですよ!」とは思わないでしょ?」

昔と同じぐらい今もギターの練習をしますか?

ま:「実は俺はほとんど、多分20年ぐらい、練習ってしてないですよ。ずーと音楽はやってるでしょ?だからそれが終わったら最初に考える事は、ギター弾きたい!ですよ。」

80年代の音楽が最近また復活してきてるじゃないですか?で、マーティもその一人として思われているわけなんですけど、それについてはどう考えてますか?もちろんジェイソンもその一人ですけど。

ま:「全然嬉しく無いんだよー、ほんとに!80年代の音楽が復活してきてる事とロックギターは一緒にされたらちょっと冗談じゃないと思います、オレンジジュースに歯磨き粉混ぜたらまずいのと一緒!ジェイソンもそれから俺も、一緒にされるのはほんとに嫌です。俺とジェイソンがやってたのは、凄くテクニック的に難しい音楽ですから、80年代のロックと一緒にされたら面白く無いですよ!もちろん良いミュージシャンが沢山居ましたから、その人たちと一緒にされるのは、これは問題ないですけど。。。だけど、自慢じゃないですけど俺とジェイソンがやってた事は、80年代に流行った他の人たちとは比べられたく無いですね。」

もしミュージシャンじゃなかったらどんな仕事をしたと思いますか?

ま:「全然そんなこと考えた事もないけど、もしかしたら、カジノのディーラーとか、やってるんじゃないですか?」

音楽以外にマーティが興味ある事はなんですか?映画とか本とかなんでも?

ま:「もちろん女の子は凄く興味ありますよ!当然じゃん!」

最後に、好きな飲み物を教えて下さい。

ま:「セブン・イレブンのスラーピー!(管理人注:多分、シェイクみたいな奴。)」
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by trans_marty | 2005-10-05 00:42 | Interview
DM:「メンザとまた一緒にバンドをやれるのが凄く嬉しいんだ。Sloasについては・・・奴がいま何処に居るのか全く解らないんだよ!奴は、スタジオにやってきてアルバムの仕事を終えたら・・・すごくいい仕事をしたんだ・・・で、終わったら消えちまった。本当に忽然と居なくなったんだ!どう言えばいいのかわからねぇが・・・やつはナッシュビルのセッションミュージシャンて事以外は誰も奴のことを知らないんだ。何処かの家の今にぽつーんとベースギターが置いてあるのが脳裏に浮かぶんだが・・。兎に角、奴が何処に行ったか誰も知らないんだ。死体泥棒にでも持っていかれたかもしれん。何を言えばいいのかも俺はわからない。奴か、他の誰かが見つかったらすぐにでもツアーに出るんだが。もう一度世界中ツアーして回ったらそれでしばらくは終わりだ。どのぐらいの期間ツアーに出るのか解らない、が、コレが最後だ。」

ムステインはまた、政治的に活発な人間としてもよく知られているが、メガデスが前回のアルバムでその主張をトーンダウンさせていたが、最新アルバムは「The System Has Failed(システム崩壊)」と名づけられた事からも解るように、ムステインの中にはまだ沢山のくすぶっている問題があるようだ。

DM:「システム崩壊というタイトルは、あらゆるシステムを意味するんだ。学校や裁判所とかだ。アメリカでは今、本来であれば憲法によって定めらられるべき事柄に対し、最高裁判所の裁判官連中が判断を下している。だが、それはアメリカの建国の精神に反することだ。今はあらゆる事柄においてあらゆる宗教的寛容さが保たれている、ただしキリスト教徒は対象外だ。ユダヤ教徒でもムスリムでも仏教徒も、たとえタリズムを信仰してようとも全て自由なのに。だけどキリスト教徒だけが別個に扱われ特殊なプロセスを強いられるんだよ。例えばジョージアの大学でチアリーダーのコーチをやっている女性が居るんだが、彼女があるフットボールの試合の前にお祈りをささげただけで、そのチアリーダーのメンバーの一人のユダヤ教徒の女の子は裁判を起こしたんだ。結局そのコーチは解雇された、で俺は思うわけだ・・・『一体この国はなぜこんなにもトチ狂っちまったんだ?』ってな。イラク侵攻にしたってそうさ、ニューヨークでツインタワーが崩壊したのもそうだ。同盟関係は確かにあるかもしれんがな、アフガニスタンについて皆が支持した理由は、だれも何も失うものが無かったからだ。だが、イラクではどうだ?フランスにドイツ、ロシアはイラク侵攻に反対だったな?なぜか?連中は同じイラク北部のクルド人自治区にある油田に大金を突っ込んでいるからさ。ロシアはそこに精製施設を作るだろうし、フランスは車を売りつけようとし、ドイツは石油パイプランを組み立てるつもりなんだよ。全ての物事には裏がちゃんとあるんだ、だが大抵の人々は実際何が起こっているかほとんど知らないからな。かなりの人々が政治なんか全く気にも留めていないことは実に残念だよ。」【取材人からの注意:イラク戦争に関するムステイン氏の意見は氏の意見として尊重するが、我々の意見としては、確かにいくつかの国や政府が金銭的な貸しがあり、またビジネスを目論んではいるものの、殆どの国が戦争を支持しない理由は国連の指揮権の欠如によるもので、最近などは戦争そのものを違法と判断したほどだ。さらに付け加えると、今回の戦争を支持しなかった各国の政治的リーダーの判断は彼の支持者たちの決断でもある。最後に、同盟国の一部は実際に(戦争を支持することで)何らかの見返りを受け取ったり、もしくは、経済制裁をちらつかせられた結果そうなったとも言えよう。】

著名なエアブラシ作家のマイク・ラーンについてもその素晴らしいアルバムカバーのアートワークにて政治的意見をはっきりさせる事を手伝ったようだが・・・。

DM:「最初はピース・セルズ・・・のジャケットを書いたエド・レプカに話を持っていたんだが、奴は俺をなめてんのかとんでもない大金をふっかけてきやがってさ。それだけじゃなくて、Tシャツやらポスター何かを作る時には、いくらいくらのライセンスを支払うこと・・・とかなんかほざきやがったんだ。で、俺はこう言ったわけだ・・・「御前さぁ、誰に向かってそんな世迷いごとほざいてんだ?俺が、お前を発掘して世の中に知らしめたって覚えてるわけ?お前なんか俺の仕事をする以前はただの酔っ払いだったんだぜ?なのにこんなことを言い出して一体どういうつもりんなんだかシラネェけどな・・・お前みたいな卑怯者と仕事するなんざこっちから願い下げだ。お前は、それも誰かのせいだって言うんだろうけどな、だけどお前はコミック・コンベンションで(俺の)ヴィク・ラトルヘッドのフィギュアにサインたりしてんだから、同罪だ。』もし奴が本当に俺の友人で俺と一緒に仕事をしたいっていうなら、奴はこう言うべきだったんだ・・・『なぁ、デイブ知ってるか?ヴィク・ラトルヘッドのパチモンフィギュアを作って売ってる奴が居るんだよ。こいつどうすりゃいい?』ってな。それに対し俺がどう返事するか?もちろん、トレードマークを盗むなんてざけんじゃねー!って言うさ。だがあの野郎は友人として俺の権利を守る事は何一つしなかった。奴に愚弄されたとわかったんだ。で、誰か他の奴にやらせようと思った。奴と同じ程度にゃいいアーチストはそこら中に居るんだからな、もちろん、このアルバムのカバーアートを見てもらえばきっと解ってくれると思う。基本的なイメージは、核の冬時代の汚染されきった大気による黙示録的世界観なんだ。描かれた奴らは、腐敗しきったシステムによって裁かれようとしている所だ。どんな状況においても、金で行く末を決められるんだ。10年前のO.J.シンプソンの事件を覚えているか?奴は有名なアメフト選手で、そして全く同じ手段に訴えた。奴が何をやったかって?奴は昔の嫁さんとその男の首を切ったんだ、なのに、 奴は事件の調査を担当した警官の中にたまたま、O.J.が事件を起こす何年か前に奴に人種差別的な発言をした警官がいたんで、殺人の罪で刑務所に送られるのを免れたんだ。O.J.が二人の人間の首を切ったのはその警官が二ガーとか何か言ったせいなんだってよ!もし、システムが崩壊せずに機能していたなら、こういう結論には成らなかったんじゃないかと思うよ。それから、コービー・ブライアントが19歳の女の子とヤッた、なぜなら奴はNBAのスター選手だからだ。彼女が他の男とそれ以前にセックスした事があるからってだけで、奴は彼女をホテルに缶詰にしたにも関わらず急にお咎めなしの結論が下されたと。合意があったかどうかに関わらず、奴が姦通罪を起こしたことは事実なのに。こんな最低な奴が世界中の子供たちのロールモデルだって言うんだからな、世も末だよ。ものすごく尊大に振舞ってウィリアム王子かなんかと勘違いしてるんだぜ、プラス、まるであの事件なんか大したことじゃないとも言いたげに振舞っているんだからな・・・ざけんじゃねーよ、ものすごく重大な問題をお前は犯してんだっての!あの野郎は、世界中の子供たちの憧れをふみにじったっていうのに。」

同じようなムステインの政治的意見は「Blackmail The Universe」や「Kick The Chair」においても垣間見られる。

DM:「アルバムでは、それ以外にも言外に様々に政治的な事が語られているよ。だけどこれは最後のメガデスのアルバムだからな、最後にもう一度俺自身のあらゆる意見を盛り込みたかったんだ。」

ですが、全く毛色の違うリリカルな音色の曲「Something That I'm Not」もありますよね?

DM:「この曲はつまり、ラーズ・ウルリッヒの隣にデイブ・ムステイン置いたらこうだ!って曲なんだ(笑)出来る限りラーズに近づけたんだ。曲の終わりになると、「Something I'm not. Yet! (まだ!自分ではない何か。)」って部分がある、これは人間は自分が嫌っている何かになってしまう可能性がある、という意味なんだ。俺は、とてつもない苦痛や犠牲を払う可能性があるし、それを人に対し行ってしまう事もあるだろう、人は誰しも皆その可能性があるんだ、俺たちは人間なんだからな。誰かの後ろに回って後頭部に銃を押し付け殺っちまう事も出来るが、ただ誰もそれが実際に起こるかどうかわからないってだけなんだよ。もちろん、銃で撃っちまったら破裂して脳みそやら頭蓋骨が自分の顔にも飛び散ってくるんだってのは皆わかっていることだけど、言いたいことはつまり、人を殺してしまう可能性は誰にでもあるってことなんだ。で、最後に「まだ、やってないけど」って付け足したのはつまり俺流のアイロニーなんだな、これがムステイニズムだよ!(笑)「未だ俺自身では無いもの、まだ!な」ってね。俺にそうさせないでくれよ!(笑)」

じゃあ、もう一つのこの奇妙な(そして短い)インスト曲「I Know Jack」はどういう意味ですか?

DM:「もちろん、ジョン・F・ケネディの事だよ。今アメリカでこんな戯言を言うのが流行っててね・・・「お前は、ジャックが誰だか知らねぇだろう!」っていうんだけど・・・もちろん、俺は・・・ジャックか?あぁ知ってるさ!(笑)曲の中のこの男は明らかにジャックが誰か解っていたんだ、で、彼はダン・クエール(管理人注:パパ・ブッシュ時代の副大統領)に話しかけているんだが・・・奴は小学校に行ってさ、子供が黒板にチョークでPotato(芋)って書いた時に、ちょっと言って最後に"e"を付け足したんだよ!で、俺はそれを見ながら「勘弁してくれよ!俺たちの副大統領が何でこんなマヌケなんだよ!」って(管理人注:説明するまでも無いが、芋を意味するポテトのつづりは子供が書いたとおり、クエールのは蛇足かつ間違い。)で、コイツがロイド・ベンツェン(管理人注:クリントン政権で財務長官を務めたテキサス州選出の民主党議員。88年当時は副大統領候補だったので討論会に参加したのだろう。今の政権から見たら政敵。)との討論会を88年にやった時なんだけどさ・・・クエールが言ったんだ。「私はつまり、自分ではジャック・ケネディに良く似た人間だと思っています」とか言ったんだ。で、ベンツェンはこう反駁したんだ。「上院議員、私はジャック・ケネディとともに仕えた事があります。ジャックをよーく知ってますとも。ジャック・ケネディは私の友人でしたからね。時に上院議員、あんたは全然、ジャック・ケネディとは似てませんけどね。」ってね。

終わり。最後のほうはまぁ、ムステイニズムですから、興味ある人がそれぞれ頭絞って何が言いたいのかを考えていただきたい、と。途中管理人注意が一杯入ってすまねぇ、が、解らないと面白く無いと思って出血大サービスしました。それから、管理人としては、ムステイン氏はアメリカ人であり彼がどんな政治的意見を持とうとも彼の自由は何人もおかすことは出来ないと考えております。さらに、管理人は日本人であり私がどんな政治的意見を持とうともそれは私の自由であり日本では万人の意見の自由は保障されているわけで、その範囲において私はムステイン氏の発言を支持するものであーる。
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by trans_marty | 2005-10-03 14:54 | Interview
とうとう、話題のムスのインタビューなわけだが・・・所謂噂の「鬱時代」について、バンドリーダーの、そしてメガデスを体現する人間として、色々と、ぼろくそに、くそみそに、ぶっちゃけてます。俺は、コレを読んで、ムステインファンになりました。さぁではいってみよう!!!

<<<9月29日追記:中盤追加しました>>>

ttp://www.blistering.com/fastpage/fpengine.php/templateid/7904/menuid/3/tempidx/5/catid/4/editstatus//restemp/N%3B/fPpagesel/1  より

前文のながーいメガデスの歴史説明は省略~。解散直後のくだりあたりからやります。

ムステインは20年に渡りメガデスのリーダーとして君臨し続けたが、2002年4月に終止符を打った。度重なるバンド内での揉め事や10年間遠ざかっていたドラッグ問題の再発などが解散原因である、との噂がまことしやかに広まったが、ムステインは左手の怪我が解散理由であると発表している。もう以前と同じ状態で演奏できなくなったと。

以後、彼の噂を聞くことも無く一年が経過した2003年の5月、ムステインは実に彼らしいやりかたで、引退声明を撤回し、メガデスも徐々に復活させると発表した。

アリゾナ州フェニックスにある自宅で、ムステインは息子のジャスティスと台所掃除に精を出していた。その合間に我々は昔のアルバムやバンドメンバーについて、現在の状況などなど色々と話を聞いた。彼のメガデス脱退については過去にも様々な報道がなされたが、それらは、バンド解散の真相が腕の怪我だけでは無い事をうかがわせていた。

DM:「とにかく、連中に我慢出来なかったんだ!(笑)冗談だ。本当に腕を怪我したんだ。燃え盛るトラックの中から赤ん坊を助け出した名誉の負傷、とか何とか話があればいいんだろうが、そうじゃない。俺の腕は単純におネンネしちまったのさ。全然色気のある話じゃないんだ・・・腕の神経がイカれたか何かで、医者には回復しても元の80%程度しか動かせねぇ、それにギターなんか二度と弾けないだろうって言われたよ。俺の受けたショックは相当なもんだったよ。何とか前向きに対処しようと努めたさ、その為には死ぬほど努力しなきゃいけないってのも解っていた。そんなわけで、その(リハビリの)間、1年か1年半かやってる間に、さらにバンドの事で悩んだりするのも勘弁してくれって心境になったんだ。だから俺は連中にこう言ったんだ・・・「おいお前ら、もう全部終わりだ」。だけど、だ。その頃のプレスリリースなんかにゃ、メガデスは終わったとは言わずに解散したって書いたと思う。なぜなら、俺はもう一度やるつもりだったからだよ。去年の夏の終わりだか、PR会社からもう一枚アルバムを作らなきゃならねぇ、と言われた時、俺も他のみんなも、前みたいにバンドでやることしか頭に無かった。今俺はニック・メンザと一緒にやってるが、最高に楽しいよ。俺はやっこさんが好きなんだよ、最高のアーチストでありミュージシャンだしな。他の連中はどうかって?・・・それは兎に角、そのまま放って置いたほうが良さそうだな・・・マーティ・フリードマンは奴のキャリアに満足してるだろうし、エルフソンだって、ご存知の通り、好きにやってるだろ?」

腕の怪我は確かに重大な問題だったろう、が、それだけではムステインの他のメンバーに対する内なる葛藤は説明が出来なさそうだ。

DM:「誰がそんなこと言ってんだ?何が起こったか知りたきゃメンザに聞けよ、あいつとはずっと上手くやってるんだぜ。メンザなら、俺が誰と、何をいつもいつも争ってたのか全部知ってるさ。『おい、俺の曲を聴けよ!』『それよりも、俺の方が良い曲だからこっち聴けよ!』ってな。ずーっとそんなのばかり合ったから、仕舞いにゃうんざりして俺はこう言ったよ。『おい、勘弁してくれ!お前らの曲なんかくそくらえだ!』ってな。作曲についてとか演奏がどうだとかの話じゃないんだよ、金と、誰のリフが一番か?ってなくだらねぇ争いだった。良い曲ができればそれで俺は良かったんだ。俺はくそくだらねぇ曲は演奏しねぇんだよ。なんだっけな、いつだったか、エルフソンの奴が持ってきた曲が最悪でさ・・・奴がピアノ弾きながらシナトラ気取りに『もっと理解していればぁ~』なーんて囁いてんだぜ?・・・・俺は頭抱えてるしかなかった「・・・おいおい、どこの誰がこんな歌うたうんだっつーの!』って。俺か?冗談じゃねーよ!(大笑)

確かに、本人が言うように腕の怪我という事実がメガデスを辞めるという決断を下した最大の理由だったろう。が、一方では長期にわたるメンバーとの確執も、ムステインがその決断を下す要因となった事も確かである。

DM:「もちろん、色んな問題があり、メガデスにはある種の冷却期間が必要だった。Youthanasiaをリリースした後、俺にはバンドがつまらなくなっちまったんだよ。何もかも思い通りにならんかったからな・・・Countdown...の頃は良かったんだよ、凄く成功したアルバムで、そのバンドの一員であることも楽しかったからな。その後だよ、みんなしていい気に成り始めてよ・・・『お前ら、次はこんなのやってみようぜ』だの、『Countdown...よりもすげぇアルバムを作んなきゃ!』とか。俺は、そんなの出来るかどうかわかんねぇだろ?って言ったんだけどよ、Countdown...は確かに良いレコードだけど、売れたのは運とタイミングが良かったからさ、ってな・・・ナンバー・ツーを達成したなんてのは、俺たちみたいなしょぼいメタルバンドにとっちゃ出来すぎた事であって、意図してやったんじゃないってね。だから、その後のYouthanasiaはナンバー・フォーだったけど、俺にとっちゃかなりの達成感があったんだ。トップ5のアルバムを作って、又その後出したアルバムもトップ5にする、ってのは簡単なことじゃない。なのに周りのヤツラは、それじゃご不満だったらしく、俺はもうすっかり頭に来てさ。『ふざけんなよ、お前ら!?もうこれ以上我慢できねぇ!』って思って。で、MD45をやり始めたんだ・・・その頃のバンド写真とかなんか見てみろよ、オマエさんだってよっく解ると思うよ、俺がいかにひでぇ面構えしてたかって。」

もちろん、ムステインから完全に笑顔が消え去ったというわけではない。逆に、Youthanasiaのアルバムショットには、メンバー全員がエアギターをプレイしてる物珍しい写真もあるぐらいだ。

DM:「あぁ、ありゃーイカれてたな。かなりワイルドだったさ・・・何でそんなだったのか全然覚えとらんがな・・・確か、リチャード・アヴェドンに写真とらせてたな。4~500年ぐらい生きてそうな仙人みたいな小っちゃいジジイだったな。スタジオに来て、カメラのある位置にまっすぐ歩いてきて、ファインダーをちらっと覗くと、さっと向こうに行っちゃってよ、代わりに助手か誰かがシャッターを切るんだ。で、俺は思ったよ・・・『おい冗談だろ?なんで5万ドルもふんだくっといてシャッターも押せませんか?はぁ?』ってね(笑)。その後も、奴さんは裸のおねーちゃんを連れてきたかと思うと、ポーリーナ・ポリスコワ(リック・オケイセックの嫁)かなんかみたいに、その子をライオンの上に寝そべらかせて、そんだけだぜ?だけど、このジジイはビートルズの写真なんかも撮ってる御大だからな、しかも連中の最も有名な写真を撮ったおかげで、奴は好き勝手に振舞える権利を獲得したってわけだ。誰ひとりとして文句が言えないんだ。ビートルズの写真を撮影した、しかもその最も有名な写真を撮ったのがもしアンタだとしたら、あんたというカメラマンはもう自分でシャッターなんか押さなくても許されんだよ(笑)。俺だって自分の番のとき、何かボタン押しさせられたよ(笑)。

先に述べたとおり、バンドはその後2002年の終わりごろにStill Alive... And Well?コンピレーションをリリース、ついで2枚組みのライブアルバムRude Awakeningも出した。しかし、ムステインに言わせれば、これらのアルバムにどんな意図が込められていようとも、メガデスというバンドがかつてリリースしてきたようなアルバムという意味ではRiskが最後の一枚だった。

DM:「Riskが出た当時の俺は、もう怒り心頭に達してたんだ。リリースの仕方だとかにね、Crush 'Emみたいな曲は入れたくなかったのに入れられちまったからな。当時はそれに、バンド内外で色んなゴタゴタが起こりまくってたし。俺はメンバーに、『お前らさぁ、こんなレコードを今出しても、どうしようも無いと思う』って言ったんだがな。・・・アルバムにディスコ・ソングを入れるなんて悪い冗談だよな?って思ってたのに、あいつらときたら、『さぁさぁ、ちょいとスローテンポで演奏してみましょうか』とかほざきやがって。俺はもう、『お前ら頭おかしーんじゃねぇのか?そんなことしたら自分で自分の首を絞めるだけだろ?今まで積み上げてきたものをぶち壊すつもりかよ!?』って言っても、誰も聞く耳なんか持っちゃ無かった。で、そのままレコードが出ちまった、と・・・で、さぁさぁ、どうよ?俺はあれだよ、オマエ、どっかり座って言ってやったよ『何もかも警告した通りになったな、ザマァねぇなぁ!』ってなもんよ。その後、フリードマンの野郎が確かRiskのリマスターについてインタビューやってたよなぁ?あの失敗の原因は自分とキャピタルレコードA&Rとマネージメントの責任だってハッキリ言ってたぜ?俺は、『あぁ神様!俺は間違ってなかったんですね』って叫んだよ。だって、あのヤロウは自分の考えがいかに愚かしいものだったか率直に認めたんだぜ?俺はやっと、自分の汚名を返上できたわけだよ。しかも、奴が言ったセリフ、そっくりテープに録音して持ってるんだからこっちは!(大笑)他にも俺には面白い証拠を持ってるんだよ。Riskを一緒に作ったバド・プレイガーの手紙何だがな、その中には、バンドメンバーが作った曲全部にダメだしをしたりバンドを崩壊させた一因である、って自分で書いてんだよ。これも俺にとっちゃ全く結構なお話でさ、ていうのも、バンドメンバーも含め誰も彼もが、他のメンバーの曲に耳を貸さなかったのは俺だって信じてるんだからな。確かに、クソ面白くもねぇ曲なんざ無視しようと言ったのは俺だ、だが、メンバー全員の曲がダメだって言ったのはプレイガーだぜ?当時の俺はこんなごみ溜めの中からじゃあ責任もって曲を選ぶ事は出来ない、と言ってあったんだ。フリードマンなんかもっと率直に懺悔してるよ、『もし自分にそれが出来たのならば、自分はより一層オルタナ色の強いものにしたのに』ってな、あいつにとっちゃ、もっともっとオルタナ色を強めていればもっと売れたはず・・・ってなもんらしいな。だが、俺に言わせればだ、『なんだ?コイツは何夢物語語ってんだ?こんなレコードこれ以上どうしたって売れる訳ねーだろ、バカか?』だけどな。昔からのハードコアなメガデスファンにとっちゃ、あのアルバムは20秒と持ちこたえられなかったに違いないんだ。1曲目をかけて20秒もしたらもう、メガデスは死んだって思って、仕舞いにゃきっと、フリスビー代わりにCDを何処まで遠く投げられるか?ぐらいしか出来なかったはずだよ。メガデス以外の他のバンドのアルバムだったら、相当売れたかもしれないがな。だけどアレは、メガデスのアルバムとして世の中に出たわけで、俺たちのファンでさえ騙された、いわば被害者なんだよ。俺はRiskは結構いいアルバムだと思ってるさ、だけどこれは、絶対にメガデスのアルバムでは有り得ないのも事実だ。」

まだまだ続きます・・・・

<<<9月29日追加分ここから>>>

メガデスはキャピトルから創立されたばかりのレコード会社サンクチュアリに移籍、2001年に「The World Needs A Hero」をリリースした。メガデスとサンクチュアリの関係はまだ手探り状態である段階が、ムステインはメガデスを脱退すると発表した。その事に対しファンは後味の悪さを見て取るかもしれないが、ムステイン自身はそんな事は無い、と言う。

DM:「良いレコード会社だったよ、非常に協力的で人間も良かったし。俺が新譜を作ると告げたときも、メガデスでもソロ名義でもどっちでも構わないと言ってくれたほどだ。俺の音楽をもっと聴きたい、としか言わなかった。で、メガデス名義でやると決断したんだが、その時も、『良い決断だ、だが会社の為やプレスやら他の誰かの為にじゃなく俺自身の為にメガデスの作品を作れ』と言ってくれたほどだ。彼らは他にも、俺こそがヘヴィーメタルの旗手なんだ、とも言ってくれた。確かに俺のものだったのに、俺ときたら、自ら遠ざけちまったんだからな、だったら自分で旗手を取り戻してやる、と。俺は、本当にその通りにやると決心したよ。My Kingdomはその事を歌ってるんだ、実際の曲は映画「エクスリバー」を元にしたイントロダクション「Shadow of Deth」から始まるんだが、この映画には本当に影響されたもんさ。まさしく、自らの王国の御旗を掲げて玉座に帰り着いた事を宣言したんだ。」

ムステインは半分引退した格好で、治療に専念するため数年間を家で過ごしたが、同時に家族というものをとらえなおすきっかけにもなったのは言うまでもない。

DM:「ここ何年かはいい時間を過ごしてきたんだ。プラチナアルバムを何枚も出す男は、良き夫や良き父親にはなれないもんだ。だけど俺は、そろそろ家庭に関心を持つ必要があったんだろうな、俺の人生にとって本当に大事なもの・・・家族や偉大なる創造主との関係について捉えなおす良い機会になったよ。俺は、家族が幸せなのは一心不乱に働いているからだとばかり思い込んでいて、「俺の手で」家族を幸せにしている事は思いつきもしなかった。俺の家族は、俺がそばに居るだけで幸せなんだ、なんてことは考え付きもしなかった。もちろん、そばにいる「だけ」じゃ駄目だろうがな(笑)・・・それ以前の俺といったら殆ど存在してないも同然で、一方の家族はただ側に居て欲しかったんだろうな。俺が子供の頃、俺にとっては父親はただ怖いだけの存在だった、皆ただ恐れおののいていたんだ・・・だから俺の子供たちが俺に側に居て欲しがってると知ったときの幸福感と言ったらなかったよ。しかも、ヨメさんまで俺が側に居て嬉しいんだって言われたら、悪い気はしないよな。こないだなんか、ヨメさんが怒って俺に電話してきたんだ。なんでか?俺が家に帰ってこないって泣かれたんだよ。だから俺はほんとに泣かれる前に、ちゃんと家に帰ったさ!(笑)これこそが、恋に落ちる醍醐味ってもんだよ、彼女や家族の為なら何でもやってやるぜ!っていうね」

「The System Has Failed」アルバムをムステイン名義ではなくメガデスのアルバムとしてリリースした理由について様々な見解がなされているが、ムステイン自身は、彼の意思だけでそう決まった訳ではないと明かした。

DM:「実際のところ、俺はどっちでも良かったんだ。またスタジオに入って演奏出来る事そのものに興奮してたからな、自分のやりたい事が自由に出来ればそれで良かった。元々は、トゥーム・レイダーを製作している連中から「ララ・クロフト」用に曲を書いてくれないか?と頼まれてね、で作った曲を彼らは非常に気に入ってくれた。所が連中は後になって、あれだけの予算があるにも関わらずこの曲にはこれしか出せないってなってな、で、俺はそれっぽっちの金額じゃこの曲は出せない、って思って最後には「解った、全部無かった事にしよう」と言って曲を渡さなかったんだ。その後で、さてこの曲をどうしようか?って話し合ったんだが、その時にこれを入れてフルアルバムを作ろうと決めたんだ。用意が出来たらあとはレコード会社に知らせるだけだった。今のアメリカはそういう風にやる必要があるんだ。アルバムを作る時は、まずレコード会社とPR会社に知らせなきゃならないんだよ。で、俺のマネージメント会社がまずはレコード会社に知らせに行ったら、何も問題ないからどうぞやってくれ、となったんだが、次にPR会社に行ったら、『ソロアルバムとして製作するつもりであることは大歓迎です、が、貴方は我々に対し、後一枚メガです名義のアルバムを作る契約があります』と言われたんだよ。『メガデス名義のアルバムを出してくれない限りは、我々は一生彼を死ぬまで解放できませんよ!』ってね。死ぬまで!ってそりゃ幾らなんでも長すぎるだろう?俺は、気が狂いそうになったよ。俺はどうすりゃいいんだ?完全にお手上げ状態になったもんで、ヨメさんに相談したり、家族や他の、俺が良い精神状態で居られるよう常に手助けしてくれる相談役なんかと話して、ようやく気づいたんだ、自分でそういう契約にサインしちまったんだから、約束は果たすべきだって。これは俺のコミットメントなんだから俺の誇りと尊厳の為にも、言った事には責任持たなくちゃなぁ、って。だから、これはメガデス名義のアルバムとして出さなきゃならなかった。その時やらなかったら、一生できなかったろうな。良いアルバムを作れるかどうかなんて誰にもわからなかったし、俺の作品を欲しがる人が居るかどうか確信なんて無かった。だが、良質なミュージシャンを使った事が俺自身にもポジティブな影響を与えたんだろう、思ったよりも良く仕上がったからね。引退の危機を克服した俺としては、以前に一緒に仕事した連中に対し非常に批判的にならざるを得なかった、それがメガデスを再結成しない理由だ。メガデスってのは基本的に俺が良いと思った奴を集めて俺が作ったチームだからな。皆、ソロアルバムはどんな感じ?って質問するけど、俺がレコード会社やPR会社に持ち込んだ時には既に出来上がっていた。そもそも、デイブ・ムステインの作品として作られたものだったんだ。名義が単純に代わっただけのことなんだ。スクラッチくじか何かみたいに、25セント硬貨でアルバムジャケットのメガデスって名前を削ったら、デイブ・ムステインって出てくるんだ。今に至るまでのこの20年間、結局はそういうことだったんだよ」

今回ムステインが招集したチームの構成は、Jimmie Sloas (B)とVinnie Colaiuta (Dr)の二人の新人と、驚いたことに初代ギタリストのクリス・ポーランドである。

DM:「その通り、けどポーランドと今後一緒にやる予定は無いよ。奴の演奏は凄く良かったんだが、(と、ここでムステインはちょっと躊躇した後、深いため息をついた・・・)詳しくは話せないんだけど、ちょっと色々問題が生じてね。兎に角それは棚上げしておく事に決まったんだ、ポーランドは録音に参加して、その分の支払いもちゃんと受け取ったけど、問題については棚上げしてある。」

ムステインが今言えることは、ドラムのSloasは録音参加のみで去ったが、代わりにメンザが戻って来る、ということだけだ。


終盤がまだ続きます・・・・
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by trans_marty | 2005-09-27 16:37 | Interview
久々の更新、予定とは違うが以前教えてもらった http://www.perfectpitchonline.com/v01i06/marty_friedman.php からです。
原文のノリはかなり外タレ風ですが、無理矢理マーティ語風に訳しました。話が話なので、逆にその方がおもしろいじゃないですか?と思ったので(いかん、俺もマーティ語調になってきてる)

<9月26日追記>付け足して完成しました~。

前文は省略。
ここから>>
相川七瀬のツアーに出る準備をしているマーティを捕まえて、グルーピーの逸話から貧乏時代の事から小便漬けサンドイッチまで色々と話を聞きましたよ。

PPO:日米の両方で成功しているマーティさんに、日米のグルーピーを率直に比較検討して頂きたく。。。
MF:そうですね。。。結局は、何処に行ってもこれは同じです。彼女達は欲しい!と思ったら、手に入れるんですよ。これは何処の女の子でも同じ事。僕の場合は特にはアジア系が好みですから、他のみんなよりも(アジア系の)女の子達に囲まれてる時は嬉しいです。でも本当に国籍は関係ないね、女の子は何処の国でも一緒。僕の事が気に入ったら彼女達の方からゲットしに来るし、僕の事は好きじゃなければ、全然相手にしてくれないですよ。これは何処でも同じ(笑)
PPO:一番ぶっ飛んでたグルーピーってどんな子だった?
MF:ある女の子なんですけど、彼女は何処からでも、そして何処にでもやって来ます。多分、住んでる所から飛行機で来ますけど、面白いのは。。。。お母さんが一緒に来ます。でお母さんは、ホテルのロビーで、こっちのシゴトが終わるのを待ってますから。で、終わったら、彼女はお母さんと一緒に帰ります。
PPO:へぇ〜。…まぁ、別に問題ないですよね。
MF:そう、全然問題ないですよ。でも、出かける前と後に。。。特に帰った後とか、お母さんと娘として一体何を話ますか?本当に不思議。「ママ、彼ったら、こんなのやらあんなことまで!ヤッたのよ!もう信じらんない!」とかしゃべりますか?でも彼女は、ほんとに、どこにでも来ますよーーーそのお母さんは会った事無いと思いますけど、お母さんが待っているの事は知ってます。僕はその気持ちは全然わからないですが、これは疑ってないです。彼女はホントすてきな人ですから、僕は文句なんて全然無いんですよ。

PPO:そりゃあ。。。ねぇ?ヤラしてくれんのに文句言う訳ないよねぇ。えっと所で以前はサンフランシスコに住んでましたよね。。。どのぐらい?
MF:4年ぐらいです。
PPO:サンフランシスコ時代の思い出を話してくれますか?
MF:ジェイソン・ベッカーとぶらぶらしながら、テイラー通りとギアリー(劇場)の所にある僕のアパートの屋根の上でギター練習したり。ジェイソンがいつも僕のアパートに来ました、それで、練習用のアンプを持って屋根に行って、曲を書いたり練習したり色々しました。
PPO:ジェイソンの面白い話を聞かせて下さい。
MF:僕たちはロサンジェルスに居ましたーーーで、ジェイソンは実は本当に年寄りみたいに落ち着いた性格でした。僕よりも全然年寄りみたい。あと、彼はとてもカジュアルでしたーーー絶対怒らないし、腹もたてない。でもいつだったか(カコフォニーが)サンフランシスコからロサンジェルスまで車で移動した時ですけど、とっても時間が長くかかりましたーーーで、僕たちはお互いに喧嘩するというわけじゃなかったですけど、本当にもううんざりしてたと思います。ベンチュラブールバードとランカーシムの所にあるファットバーガーに行きましたよ。店に入って皆自分のハンバーガーがくるのを待っていました。それで、ジェイソンのが最初に来ましたよ。で、その時の僕らの歌手はピーター・マリノと言いますが、彼が冗談でジェイソンのバーガーをとりました。で、それをきっかけに彼はキレちゃったんです。ジェイソンは、チョコレートミルクの入ってるボトル、これは空いてましたーーをピーターの顔にぶつけたの!1メートルぐらいしか離れてない所から!彼はミルクをかぶってもう店中もぐちゃぐちゃですよ、、、その店はとっても小さかったんですね、だからもうそこで働いている人とかいろんな人皆が見てる前でそれやったんです。もうそこに居た人たちは全員目の前で見ました。でも僕たちは、ジェイソンみたいなやさしい人がそれやると思ってなかった。だからバンドの皆は凄く面白かったから、ずーっと沢山笑いました。ジェイソンがキレたのはそのときだけですけどね。
PPO:他に思い出は何か。。。Red Dye #2ってどうなりました?
MF:あぁ、もう殆どだめですね。一曲だけプレイボーイ・チャンネルで使われるかもしれませんけど。「Shake That Hot Thing」という曲があるんですが、プレイボーイがそれをビデオに使いたい、興味があると言ってきました。僕はその計画は良いと思いましたよ。好きな人なら誰でも、すぐに解るでしょう。結構、本当の僕の性格にかなり近いです。けれど、将来どうなるかは、まだわかりません。
PPO:最近やったマヌケな事って何ですか?
MF:僕はあまりマヌケな事はしませんけどー。ちょっとだけアホちゃうかーぐらいかな。でも、日本で、電車に乗ってたら、寝ちゃったんですね。乗り換えしなきゃいけなかったんですけど、出来なかった。で起きたら、乗ったのと同じ駅にまだ居たんですよ、しかもそれはもう終電だったから、僕の家から一時間ぐらいかかる所だったんですけどタクシーに乗らなきゃいけなくて、すごくお金が掛かりました。その時は、すげー俺バカ、って落ち込みました。。。

PPO:今のミュージックシーンで20年後も伝説と言われそうなギターリスト3人をあげてください。

MF:俺は、「伝説のギタリスト」になるのはそんなに面白い事じゃないと思う。それよりも、いい音楽を作ること、それの為にギターがフィットして聞いたら皆楽しいと思う、それの方が大事でしょ。例えばですけれど、ジミ・ヘンドリックスなんかは・・・すごい革命を起こしましたというのは有名ですけど~、でも僕は彼の曲の名前は2つか3つぐらいしか知らないんですよ!しかもどんなメロディーでしたか?歌えません!だけど、クィーンのブライアン・メイだったら全然違うね。50曲ぐらいはすぐ名前も言えるしソロだって全部できますよ。キース・スコット(ブライアン・アダムスバンドのGの人)も同じです・・・「Everything I Do (I Do It For You)」というシングルの曲、あれでちょっとだけソロを弾きました・・・でも、このたった一曲だけで彼はきっと、ジミ・ヘンドリックスの全部のレコードより沢山売りましたよ。そういう意味では、伝説のギタリストは誰ですか?だから、ギターだけじゃない、音楽だけじゃない色んな事が関係しますよ。今言ったのは、僕が個人的に面白いと思ったミュージシャンだけですけど、他にも名前はわからないけどリンキン・パークとかトラスト・カンパニーとかですね、それにアンドリューW.K.!俺はすっげぇ~もう大好きなんですけど!そういう面白い事をやっているほかの人たちが今は沢山いますよ。この人たちはジミ・ヘンドリックスと全然違いますけど、ギターで新しい面白い事をやるとか、聞いた人が面白いと思ったりするから、それは凄く大事なことだと思います。

PPO:マーティは外国の音楽も沢山知ってますよね、だからちょっと教えて欲しいんですが・・・今から国の名前を言いますから、その国のアーティストでお勧めの人を教えてください。ヨーイ・・・ドン!まずはイタリア!

MF:最初からちょっとヘンですねぇ~、イタリアの音楽が好きですと言う人はちょっとしか居ないでしょ~だけど、僕が好きなバンドはPoohと言うのがあります。ちょっと頭悪すぎるバンド名なんだけど、ギタリストは凄く上手だし曲がめちゃめちゃロマンティークですよ。80年代のシカゴにちょっと似てるんだけど、デイヴィッド・フォスターのバラーッドをやったりした感じで、もっともっとロマンティックです。彼女に聞かせたらすごく良いと思います。イタリアでは凄く人気がありますけど、イタリアのロックファンはあまり好きじゃないみたいです。

PPO:次は、中国。

MF:フェイ・ウォンというすごく有名な歌手が居ます。ゲームのファイナル・ファンタジーのテーマソングを歌いました。フェイ・ウォンは中国では超有名人だし日本でもビッグスターです。とても良いバラードがいくつかある、すごくいいポップシンガーですね。

PPO:ブラジルはどうでしょう?

MF:おーっとぉ、ちょっと困りました~。ギターを弾くブラジル人の友達が居ますけど、その人の音楽はどんなか知らないですから、ちょっと薦められないです。

PPO:韓国は?

MF:ヤン・スギョンが好きです。彼女はポップスを歌いますが、特にバラードは、これは聴いたら泣きますよ。とってもゴージャス!

PPO:インド音楽はどうですか?
MF:僕は昔、色んな面白いギターを弾く練習をしてましたけど、その頃にラビ・シャンカールを聞いたんです。シタールですけど、ギタリストは皆、絶対彼の音楽は聴くべきですよほんとに。

PPO:スウェーデンなんかいかがっしょ?
MF:もちろん、皆ABBAは大好きでしょ~、でも他にも良いバンドありますよ。サーファー・ローザと言いますが、多分スウィーデンかノーウェイのどっちかの人たちだったと思う・・・とにかく、凄く良いバンドです。

PPO:ギリシャはどうですか?
MF:あー、ギリシャはよく解らないです。ギリシャといえば、僕は、メガデスでフェスティバルに行った時の事が一番覚えてるんですけど~、最悪のケータリングだったんですよ。男用のトイレの横にサンドイッチが入ってるバースケットが置いてありました。俺は絶対忘れないです、それは。後は皆良い人たちで凄く楽しかったんですけどね・・・あと、ギリシャの音楽はちょっと演奏するのが難しい感じに聞こえましたけど~。
PPO:そうですか。で、そのサンドウィッチってどうなっちゃったの?
MF:もちろん、絶対食べなかった!トイレの横においてあるサンドイッチ食べますか?絶対食べないでしょ~!
PPO:えっ?ホントにビシャビシャだったの?それ・・・
MF:(笑)そうそう、もうぐちゃぐちゃ。絶対食べないね~!無理!

PPO:メガデスに入る前は、いろんなバイトをやったと思うんですけど、一番最悪のバイトってなんでしたか?
MF:俺はアルバイトはしなかったです、信じられないかもだけど・・・
PPO:マジで?すごい、じゃあどうやって生活してたの?
MF:あぁぁ~・・・とにかく、すっげー貧乏、ビタ一文無しでした。(笑)ギターの生徒を集めて教えてたんですけどね、ギリギリやっていける程度にちょっとだけ。ハリウッドに住んでた事があるんですが、その時は近くのチャイニーズ・レストランのテイクアウトのご飯を食べてました。一ドルぐらいでご飯とおかず一つだけ買えるんですね。僕はそれで生きてました。あとアメ(キャンディー)が沢山入った袋があって、二つで59セントとか凄く安かったから、それを買って食べたり。だから、僕はしばらくご飯とあと、アメを食べて生きていました。それとアパートの家賃分をギターの先生をやって稼ぐんです。多分、もっと生徒を沢山集めてギターを教えるのも出来たと思いますよ、だけれど、俺はギターの先生は凄くストレスだったから・・・我慢して色々教えるのは出来なかったんですよ、だから僕は、また教室に来ないとだめですよーという難しいことを教えましたね。それは、本当には生徒の為じゃなくて、生徒がまた教室に来たら俺はご飯が食べられますから~、もうその為だけにやってました。
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by trans_marty | 2005-09-26 02:08 | Interview