マーティ語録研究所 - All rights reserved, all wrongs reversed!


by trans_marty
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<   2005年 09月 ( 7 )   > この月の画像一覧

とうとう、話題のムスのインタビューなわけだが・・・所謂噂の「鬱時代」について、バンドリーダーの、そしてメガデスを体現する人間として、色々と、ぼろくそに、くそみそに、ぶっちゃけてます。俺は、コレを読んで、ムステインファンになりました。さぁではいってみよう!!!

<<<9月29日追記:中盤追加しました>>>

ttp://www.blistering.com/fastpage/fpengine.php/templateid/7904/menuid/3/tempidx/5/catid/4/editstatus//restemp/N%3B/fPpagesel/1  より

前文のながーいメガデスの歴史説明は省略~。解散直後のくだりあたりからやります。

ムステインは20年に渡りメガデスのリーダーとして君臨し続けたが、2002年4月に終止符を打った。度重なるバンド内での揉め事や10年間遠ざかっていたドラッグ問題の再発などが解散原因である、との噂がまことしやかに広まったが、ムステインは左手の怪我が解散理由であると発表している。もう以前と同じ状態で演奏できなくなったと。

以後、彼の噂を聞くことも無く一年が経過した2003年の5月、ムステインは実に彼らしいやりかたで、引退声明を撤回し、メガデスも徐々に復活させると発表した。

アリゾナ州フェニックスにある自宅で、ムステインは息子のジャスティスと台所掃除に精を出していた。その合間に我々は昔のアルバムやバンドメンバーについて、現在の状況などなど色々と話を聞いた。彼のメガデス脱退については過去にも様々な報道がなされたが、それらは、バンド解散の真相が腕の怪我だけでは無い事をうかがわせていた。

DM:「とにかく、連中に我慢出来なかったんだ!(笑)冗談だ。本当に腕を怪我したんだ。燃え盛るトラックの中から赤ん坊を助け出した名誉の負傷、とか何とか話があればいいんだろうが、そうじゃない。俺の腕は単純におネンネしちまったのさ。全然色気のある話じゃないんだ・・・腕の神経がイカれたか何かで、医者には回復しても元の80%程度しか動かせねぇ、それにギターなんか二度と弾けないだろうって言われたよ。俺の受けたショックは相当なもんだったよ。何とか前向きに対処しようと努めたさ、その為には死ぬほど努力しなきゃいけないってのも解っていた。そんなわけで、その(リハビリの)間、1年か1年半かやってる間に、さらにバンドの事で悩んだりするのも勘弁してくれって心境になったんだ。だから俺は連中にこう言ったんだ・・・「おいお前ら、もう全部終わりだ」。だけど、だ。その頃のプレスリリースなんかにゃ、メガデスは終わったとは言わずに解散したって書いたと思う。なぜなら、俺はもう一度やるつもりだったからだよ。去年の夏の終わりだか、PR会社からもう一枚アルバムを作らなきゃならねぇ、と言われた時、俺も他のみんなも、前みたいにバンドでやることしか頭に無かった。今俺はニック・メンザと一緒にやってるが、最高に楽しいよ。俺はやっこさんが好きなんだよ、最高のアーチストでありミュージシャンだしな。他の連中はどうかって?・・・それは兎に角、そのまま放って置いたほうが良さそうだな・・・マーティ・フリードマンは奴のキャリアに満足してるだろうし、エルフソンだって、ご存知の通り、好きにやってるだろ?」

腕の怪我は確かに重大な問題だったろう、が、それだけではムステインの他のメンバーに対する内なる葛藤は説明が出来なさそうだ。

DM:「誰がそんなこと言ってんだ?何が起こったか知りたきゃメンザに聞けよ、あいつとはずっと上手くやってるんだぜ。メンザなら、俺が誰と、何をいつもいつも争ってたのか全部知ってるさ。『おい、俺の曲を聴けよ!』『それよりも、俺の方が良い曲だからこっち聴けよ!』ってな。ずーっとそんなのばかり合ったから、仕舞いにゃうんざりして俺はこう言ったよ。『おい、勘弁してくれ!お前らの曲なんかくそくらえだ!』ってな。作曲についてとか演奏がどうだとかの話じゃないんだよ、金と、誰のリフが一番か?ってなくだらねぇ争いだった。良い曲ができればそれで俺は良かったんだ。俺はくそくだらねぇ曲は演奏しねぇんだよ。なんだっけな、いつだったか、エルフソンの奴が持ってきた曲が最悪でさ・・・奴がピアノ弾きながらシナトラ気取りに『もっと理解していればぁ~』なーんて囁いてんだぜ?・・・・俺は頭抱えてるしかなかった「・・・おいおい、どこの誰がこんな歌うたうんだっつーの!』って。俺か?冗談じゃねーよ!(大笑)

確かに、本人が言うように腕の怪我という事実がメガデスを辞めるという決断を下した最大の理由だったろう。が、一方では長期にわたるメンバーとの確執も、ムステインがその決断を下す要因となった事も確かである。

DM:「もちろん、色んな問題があり、メガデスにはある種の冷却期間が必要だった。Youthanasiaをリリースした後、俺にはバンドがつまらなくなっちまったんだよ。何もかも思い通りにならんかったからな・・・Countdown...の頃は良かったんだよ、凄く成功したアルバムで、そのバンドの一員であることも楽しかったからな。その後だよ、みんなしていい気に成り始めてよ・・・『お前ら、次はこんなのやってみようぜ』だの、『Countdown...よりもすげぇアルバムを作んなきゃ!』とか。俺は、そんなの出来るかどうかわかんねぇだろ?って言ったんだけどよ、Countdown...は確かに良いレコードだけど、売れたのは運とタイミングが良かったからさ、ってな・・・ナンバー・ツーを達成したなんてのは、俺たちみたいなしょぼいメタルバンドにとっちゃ出来すぎた事であって、意図してやったんじゃないってね。だから、その後のYouthanasiaはナンバー・フォーだったけど、俺にとっちゃかなりの達成感があったんだ。トップ5のアルバムを作って、又その後出したアルバムもトップ5にする、ってのは簡単なことじゃない。なのに周りのヤツラは、それじゃご不満だったらしく、俺はもうすっかり頭に来てさ。『ふざけんなよ、お前ら!?もうこれ以上我慢できねぇ!』って思って。で、MD45をやり始めたんだ・・・その頃のバンド写真とかなんか見てみろよ、オマエさんだってよっく解ると思うよ、俺がいかにひでぇ面構えしてたかって。」

もちろん、ムステインから完全に笑顔が消え去ったというわけではない。逆に、Youthanasiaのアルバムショットには、メンバー全員がエアギターをプレイしてる物珍しい写真もあるぐらいだ。

DM:「あぁ、ありゃーイカれてたな。かなりワイルドだったさ・・・何でそんなだったのか全然覚えとらんがな・・・確か、リチャード・アヴェドンに写真とらせてたな。4~500年ぐらい生きてそうな仙人みたいな小っちゃいジジイだったな。スタジオに来て、カメラのある位置にまっすぐ歩いてきて、ファインダーをちらっと覗くと、さっと向こうに行っちゃってよ、代わりに助手か誰かがシャッターを切るんだ。で、俺は思ったよ・・・『おい冗談だろ?なんで5万ドルもふんだくっといてシャッターも押せませんか?はぁ?』ってね(笑)。その後も、奴さんは裸のおねーちゃんを連れてきたかと思うと、ポーリーナ・ポリスコワ(リック・オケイセックの嫁)かなんかみたいに、その子をライオンの上に寝そべらかせて、そんだけだぜ?だけど、このジジイはビートルズの写真なんかも撮ってる御大だからな、しかも連中の最も有名な写真を撮ったおかげで、奴は好き勝手に振舞える権利を獲得したってわけだ。誰ひとりとして文句が言えないんだ。ビートルズの写真を撮影した、しかもその最も有名な写真を撮ったのがもしアンタだとしたら、あんたというカメラマンはもう自分でシャッターなんか押さなくても許されんだよ(笑)。俺だって自分の番のとき、何かボタン押しさせられたよ(笑)。

先に述べたとおり、バンドはその後2002年の終わりごろにStill Alive... And Well?コンピレーションをリリース、ついで2枚組みのライブアルバムRude Awakeningも出した。しかし、ムステインに言わせれば、これらのアルバムにどんな意図が込められていようとも、メガデスというバンドがかつてリリースしてきたようなアルバムという意味ではRiskが最後の一枚だった。

DM:「Riskが出た当時の俺は、もう怒り心頭に達してたんだ。リリースの仕方だとかにね、Crush 'Emみたいな曲は入れたくなかったのに入れられちまったからな。当時はそれに、バンド内外で色んなゴタゴタが起こりまくってたし。俺はメンバーに、『お前らさぁ、こんなレコードを今出しても、どうしようも無いと思う』って言ったんだがな。・・・アルバムにディスコ・ソングを入れるなんて悪い冗談だよな?って思ってたのに、あいつらときたら、『さぁさぁ、ちょいとスローテンポで演奏してみましょうか』とかほざきやがって。俺はもう、『お前ら頭おかしーんじゃねぇのか?そんなことしたら自分で自分の首を絞めるだけだろ?今まで積み上げてきたものをぶち壊すつもりかよ!?』って言っても、誰も聞く耳なんか持っちゃ無かった。で、そのままレコードが出ちまった、と・・・で、さぁさぁ、どうよ?俺はあれだよ、オマエ、どっかり座って言ってやったよ『何もかも警告した通りになったな、ザマァねぇなぁ!』ってなもんよ。その後、フリードマンの野郎が確かRiskのリマスターについてインタビューやってたよなぁ?あの失敗の原因は自分とキャピタルレコードA&Rとマネージメントの責任だってハッキリ言ってたぜ?俺は、『あぁ神様!俺は間違ってなかったんですね』って叫んだよ。だって、あのヤロウは自分の考えがいかに愚かしいものだったか率直に認めたんだぜ?俺はやっと、自分の汚名を返上できたわけだよ。しかも、奴が言ったセリフ、そっくりテープに録音して持ってるんだからこっちは!(大笑)他にも俺には面白い証拠を持ってるんだよ。Riskを一緒に作ったバド・プレイガーの手紙何だがな、その中には、バンドメンバーが作った曲全部にダメだしをしたりバンドを崩壊させた一因である、って自分で書いてんだよ。これも俺にとっちゃ全く結構なお話でさ、ていうのも、バンドメンバーも含め誰も彼もが、他のメンバーの曲に耳を貸さなかったのは俺だって信じてるんだからな。確かに、クソ面白くもねぇ曲なんざ無視しようと言ったのは俺だ、だが、メンバー全員の曲がダメだって言ったのはプレイガーだぜ?当時の俺はこんなごみ溜めの中からじゃあ責任もって曲を選ぶ事は出来ない、と言ってあったんだ。フリードマンなんかもっと率直に懺悔してるよ、『もし自分にそれが出来たのならば、自分はより一層オルタナ色の強いものにしたのに』ってな、あいつにとっちゃ、もっともっとオルタナ色を強めていればもっと売れたはず・・・ってなもんらしいな。だが、俺に言わせればだ、『なんだ?コイツは何夢物語語ってんだ?こんなレコードこれ以上どうしたって売れる訳ねーだろ、バカか?』だけどな。昔からのハードコアなメガデスファンにとっちゃ、あのアルバムは20秒と持ちこたえられなかったに違いないんだ。1曲目をかけて20秒もしたらもう、メガデスは死んだって思って、仕舞いにゃきっと、フリスビー代わりにCDを何処まで遠く投げられるか?ぐらいしか出来なかったはずだよ。メガデス以外の他のバンドのアルバムだったら、相当売れたかもしれないがな。だけどアレは、メガデスのアルバムとして世の中に出たわけで、俺たちのファンでさえ騙された、いわば被害者なんだよ。俺はRiskは結構いいアルバムだと思ってるさ、だけどこれは、絶対にメガデスのアルバムでは有り得ないのも事実だ。」

まだまだ続きます・・・・

<<<9月29日追加分ここから>>>

メガデスはキャピトルから創立されたばかりのレコード会社サンクチュアリに移籍、2001年に「The World Needs A Hero」をリリースした。メガデスとサンクチュアリの関係はまだ手探り状態である段階が、ムステインはメガデスを脱退すると発表した。その事に対しファンは後味の悪さを見て取るかもしれないが、ムステイン自身はそんな事は無い、と言う。

DM:「良いレコード会社だったよ、非常に協力的で人間も良かったし。俺が新譜を作ると告げたときも、メガデスでもソロ名義でもどっちでも構わないと言ってくれたほどだ。俺の音楽をもっと聴きたい、としか言わなかった。で、メガデス名義でやると決断したんだが、その時も、『良い決断だ、だが会社の為やプレスやら他の誰かの為にじゃなく俺自身の為にメガデスの作品を作れ』と言ってくれたほどだ。彼らは他にも、俺こそがヘヴィーメタルの旗手なんだ、とも言ってくれた。確かに俺のものだったのに、俺ときたら、自ら遠ざけちまったんだからな、だったら自分で旗手を取り戻してやる、と。俺は、本当にその通りにやると決心したよ。My Kingdomはその事を歌ってるんだ、実際の曲は映画「エクスリバー」を元にしたイントロダクション「Shadow of Deth」から始まるんだが、この映画には本当に影響されたもんさ。まさしく、自らの王国の御旗を掲げて玉座に帰り着いた事を宣言したんだ。」

ムステインは半分引退した格好で、治療に専念するため数年間を家で過ごしたが、同時に家族というものをとらえなおすきっかけにもなったのは言うまでもない。

DM:「ここ何年かはいい時間を過ごしてきたんだ。プラチナアルバムを何枚も出す男は、良き夫や良き父親にはなれないもんだ。だけど俺は、そろそろ家庭に関心を持つ必要があったんだろうな、俺の人生にとって本当に大事なもの・・・家族や偉大なる創造主との関係について捉えなおす良い機会になったよ。俺は、家族が幸せなのは一心不乱に働いているからだとばかり思い込んでいて、「俺の手で」家族を幸せにしている事は思いつきもしなかった。俺の家族は、俺がそばに居るだけで幸せなんだ、なんてことは考え付きもしなかった。もちろん、そばにいる「だけ」じゃ駄目だろうがな(笑)・・・それ以前の俺といったら殆ど存在してないも同然で、一方の家族はただ側に居て欲しかったんだろうな。俺が子供の頃、俺にとっては父親はただ怖いだけの存在だった、皆ただ恐れおののいていたんだ・・・だから俺の子供たちが俺に側に居て欲しがってると知ったときの幸福感と言ったらなかったよ。しかも、ヨメさんまで俺が側に居て嬉しいんだって言われたら、悪い気はしないよな。こないだなんか、ヨメさんが怒って俺に電話してきたんだ。なんでか?俺が家に帰ってこないって泣かれたんだよ。だから俺はほんとに泣かれる前に、ちゃんと家に帰ったさ!(笑)これこそが、恋に落ちる醍醐味ってもんだよ、彼女や家族の為なら何でもやってやるぜ!っていうね」

「The System Has Failed」アルバムをムステイン名義ではなくメガデスのアルバムとしてリリースした理由について様々な見解がなされているが、ムステイン自身は、彼の意思だけでそう決まった訳ではないと明かした。

DM:「実際のところ、俺はどっちでも良かったんだ。またスタジオに入って演奏出来る事そのものに興奮してたからな、自分のやりたい事が自由に出来ればそれで良かった。元々は、トゥーム・レイダーを製作している連中から「ララ・クロフト」用に曲を書いてくれないか?と頼まれてね、で作った曲を彼らは非常に気に入ってくれた。所が連中は後になって、あれだけの予算があるにも関わらずこの曲にはこれしか出せないってなってな、で、俺はそれっぽっちの金額じゃこの曲は出せない、って思って最後には「解った、全部無かった事にしよう」と言って曲を渡さなかったんだ。その後で、さてこの曲をどうしようか?って話し合ったんだが、その時にこれを入れてフルアルバムを作ろうと決めたんだ。用意が出来たらあとはレコード会社に知らせるだけだった。今のアメリカはそういう風にやる必要があるんだ。アルバムを作る時は、まずレコード会社とPR会社に知らせなきゃならないんだよ。で、俺のマネージメント会社がまずはレコード会社に知らせに行ったら、何も問題ないからどうぞやってくれ、となったんだが、次にPR会社に行ったら、『ソロアルバムとして製作するつもりであることは大歓迎です、が、貴方は我々に対し、後一枚メガです名義のアルバムを作る契約があります』と言われたんだよ。『メガデス名義のアルバムを出してくれない限りは、我々は一生彼を死ぬまで解放できませんよ!』ってね。死ぬまで!ってそりゃ幾らなんでも長すぎるだろう?俺は、気が狂いそうになったよ。俺はどうすりゃいいんだ?完全にお手上げ状態になったもんで、ヨメさんに相談したり、家族や他の、俺が良い精神状態で居られるよう常に手助けしてくれる相談役なんかと話して、ようやく気づいたんだ、自分でそういう契約にサインしちまったんだから、約束は果たすべきだって。これは俺のコミットメントなんだから俺の誇りと尊厳の為にも、言った事には責任持たなくちゃなぁ、って。だから、これはメガデス名義のアルバムとして出さなきゃならなかった。その時やらなかったら、一生できなかったろうな。良いアルバムを作れるかどうかなんて誰にもわからなかったし、俺の作品を欲しがる人が居るかどうか確信なんて無かった。だが、良質なミュージシャンを使った事が俺自身にもポジティブな影響を与えたんだろう、思ったよりも良く仕上がったからね。引退の危機を克服した俺としては、以前に一緒に仕事した連中に対し非常に批判的にならざるを得なかった、それがメガデスを再結成しない理由だ。メガデスってのは基本的に俺が良いと思った奴を集めて俺が作ったチームだからな。皆、ソロアルバムはどんな感じ?って質問するけど、俺がレコード会社やPR会社に持ち込んだ時には既に出来上がっていた。そもそも、デイブ・ムステインの作品として作られたものだったんだ。名義が単純に代わっただけのことなんだ。スクラッチくじか何かみたいに、25セント硬貨でアルバムジャケットのメガデスって名前を削ったら、デイブ・ムステインって出てくるんだ。今に至るまでのこの20年間、結局はそういうことだったんだよ」

今回ムステインが招集したチームの構成は、Jimmie Sloas (B)とVinnie Colaiuta (Dr)の二人の新人と、驚いたことに初代ギタリストのクリス・ポーランドである。

DM:「その通り、けどポーランドと今後一緒にやる予定は無いよ。奴の演奏は凄く良かったんだが、(と、ここでムステインはちょっと躊躇した後、深いため息をついた・・・)詳しくは話せないんだけど、ちょっと色々問題が生じてね。兎に角それは棚上げしておく事に決まったんだ、ポーランドは録音に参加して、その分の支払いもちゃんと受け取ったけど、問題については棚上げしてある。」

ムステインが今言えることは、ドラムのSloasは録音参加のみで去ったが、代わりにメンザが戻って来る、ということだけだ。


終盤がまだ続きます・・・・
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by trans_marty | 2005-09-27 16:37 | Interview
久々の更新、予定とは違うが以前教えてもらった http://www.perfectpitchonline.com/v01i06/marty_friedman.php からです。
原文のノリはかなり外タレ風ですが、無理矢理マーティ語風に訳しました。話が話なので、逆にその方がおもしろいじゃないですか?と思ったので(いかん、俺もマーティ語調になってきてる)

<9月26日追記>付け足して完成しました~。

前文は省略。
ここから>>
相川七瀬のツアーに出る準備をしているマーティを捕まえて、グルーピーの逸話から貧乏時代の事から小便漬けサンドイッチまで色々と話を聞きましたよ。

PPO:日米の両方で成功しているマーティさんに、日米のグルーピーを率直に比較検討して頂きたく。。。
MF:そうですね。。。結局は、何処に行ってもこれは同じです。彼女達は欲しい!と思ったら、手に入れるんですよ。これは何処の女の子でも同じ事。僕の場合は特にはアジア系が好みですから、他のみんなよりも(アジア系の)女の子達に囲まれてる時は嬉しいです。でも本当に国籍は関係ないね、女の子は何処の国でも一緒。僕の事が気に入ったら彼女達の方からゲットしに来るし、僕の事は好きじゃなければ、全然相手にしてくれないですよ。これは何処でも同じ(笑)
PPO:一番ぶっ飛んでたグルーピーってどんな子だった?
MF:ある女の子なんですけど、彼女は何処からでも、そして何処にでもやって来ます。多分、住んでる所から飛行機で来ますけど、面白いのは。。。。お母さんが一緒に来ます。でお母さんは、ホテルのロビーで、こっちのシゴトが終わるのを待ってますから。で、終わったら、彼女はお母さんと一緒に帰ります。
PPO:へぇ〜。…まぁ、別に問題ないですよね。
MF:そう、全然問題ないですよ。でも、出かける前と後に。。。特に帰った後とか、お母さんと娘として一体何を話ますか?本当に不思議。「ママ、彼ったら、こんなのやらあんなことまで!ヤッたのよ!もう信じらんない!」とかしゃべりますか?でも彼女は、ほんとに、どこにでも来ますよーーーそのお母さんは会った事無いと思いますけど、お母さんが待っているの事は知ってます。僕はその気持ちは全然わからないですが、これは疑ってないです。彼女はホントすてきな人ですから、僕は文句なんて全然無いんですよ。

PPO:そりゃあ。。。ねぇ?ヤラしてくれんのに文句言う訳ないよねぇ。えっと所で以前はサンフランシスコに住んでましたよね。。。どのぐらい?
MF:4年ぐらいです。
PPO:サンフランシスコ時代の思い出を話してくれますか?
MF:ジェイソン・ベッカーとぶらぶらしながら、テイラー通りとギアリー(劇場)の所にある僕のアパートの屋根の上でギター練習したり。ジェイソンがいつも僕のアパートに来ました、それで、練習用のアンプを持って屋根に行って、曲を書いたり練習したり色々しました。
PPO:ジェイソンの面白い話を聞かせて下さい。
MF:僕たちはロサンジェルスに居ましたーーーで、ジェイソンは実は本当に年寄りみたいに落ち着いた性格でした。僕よりも全然年寄りみたい。あと、彼はとてもカジュアルでしたーーー絶対怒らないし、腹もたてない。でもいつだったか(カコフォニーが)サンフランシスコからロサンジェルスまで車で移動した時ですけど、とっても時間が長くかかりましたーーーで、僕たちはお互いに喧嘩するというわけじゃなかったですけど、本当にもううんざりしてたと思います。ベンチュラブールバードとランカーシムの所にあるファットバーガーに行きましたよ。店に入って皆自分のハンバーガーがくるのを待っていました。それで、ジェイソンのが最初に来ましたよ。で、その時の僕らの歌手はピーター・マリノと言いますが、彼が冗談でジェイソンのバーガーをとりました。で、それをきっかけに彼はキレちゃったんです。ジェイソンは、チョコレートミルクの入ってるボトル、これは空いてましたーーをピーターの顔にぶつけたの!1メートルぐらいしか離れてない所から!彼はミルクをかぶってもう店中もぐちゃぐちゃですよ、、、その店はとっても小さかったんですね、だからもうそこで働いている人とかいろんな人皆が見てる前でそれやったんです。もうそこに居た人たちは全員目の前で見ました。でも僕たちは、ジェイソンみたいなやさしい人がそれやると思ってなかった。だからバンドの皆は凄く面白かったから、ずーっと沢山笑いました。ジェイソンがキレたのはそのときだけですけどね。
PPO:他に思い出は何か。。。Red Dye #2ってどうなりました?
MF:あぁ、もう殆どだめですね。一曲だけプレイボーイ・チャンネルで使われるかもしれませんけど。「Shake That Hot Thing」という曲があるんですが、プレイボーイがそれをビデオに使いたい、興味があると言ってきました。僕はその計画は良いと思いましたよ。好きな人なら誰でも、すぐに解るでしょう。結構、本当の僕の性格にかなり近いです。けれど、将来どうなるかは、まだわかりません。
PPO:最近やったマヌケな事って何ですか?
MF:僕はあまりマヌケな事はしませんけどー。ちょっとだけアホちゃうかーぐらいかな。でも、日本で、電車に乗ってたら、寝ちゃったんですね。乗り換えしなきゃいけなかったんですけど、出来なかった。で起きたら、乗ったのと同じ駅にまだ居たんですよ、しかもそれはもう終電だったから、僕の家から一時間ぐらいかかる所だったんですけどタクシーに乗らなきゃいけなくて、すごくお金が掛かりました。その時は、すげー俺バカ、って落ち込みました。。。

PPO:今のミュージックシーンで20年後も伝説と言われそうなギターリスト3人をあげてください。

MF:俺は、「伝説のギタリスト」になるのはそんなに面白い事じゃないと思う。それよりも、いい音楽を作ること、それの為にギターがフィットして聞いたら皆楽しいと思う、それの方が大事でしょ。例えばですけれど、ジミ・ヘンドリックスなんかは・・・すごい革命を起こしましたというのは有名ですけど~、でも僕は彼の曲の名前は2つか3つぐらいしか知らないんですよ!しかもどんなメロディーでしたか?歌えません!だけど、クィーンのブライアン・メイだったら全然違うね。50曲ぐらいはすぐ名前も言えるしソロだって全部できますよ。キース・スコット(ブライアン・アダムスバンドのGの人)も同じです・・・「Everything I Do (I Do It For You)」というシングルの曲、あれでちょっとだけソロを弾きました・・・でも、このたった一曲だけで彼はきっと、ジミ・ヘンドリックスの全部のレコードより沢山売りましたよ。そういう意味では、伝説のギタリストは誰ですか?だから、ギターだけじゃない、音楽だけじゃない色んな事が関係しますよ。今言ったのは、僕が個人的に面白いと思ったミュージシャンだけですけど、他にも名前はわからないけどリンキン・パークとかトラスト・カンパニーとかですね、それにアンドリューW.K.!俺はすっげぇ~もう大好きなんですけど!そういう面白い事をやっているほかの人たちが今は沢山いますよ。この人たちはジミ・ヘンドリックスと全然違いますけど、ギターで新しい面白い事をやるとか、聞いた人が面白いと思ったりするから、それは凄く大事なことだと思います。

PPO:マーティは外国の音楽も沢山知ってますよね、だからちょっと教えて欲しいんですが・・・今から国の名前を言いますから、その国のアーティストでお勧めの人を教えてください。ヨーイ・・・ドン!まずはイタリア!

MF:最初からちょっとヘンですねぇ~、イタリアの音楽が好きですと言う人はちょっとしか居ないでしょ~だけど、僕が好きなバンドはPoohと言うのがあります。ちょっと頭悪すぎるバンド名なんだけど、ギタリストは凄く上手だし曲がめちゃめちゃロマンティークですよ。80年代のシカゴにちょっと似てるんだけど、デイヴィッド・フォスターのバラーッドをやったりした感じで、もっともっとロマンティックです。彼女に聞かせたらすごく良いと思います。イタリアでは凄く人気がありますけど、イタリアのロックファンはあまり好きじゃないみたいです。

PPO:次は、中国。

MF:フェイ・ウォンというすごく有名な歌手が居ます。ゲームのファイナル・ファンタジーのテーマソングを歌いました。フェイ・ウォンは中国では超有名人だし日本でもビッグスターです。とても良いバラードがいくつかある、すごくいいポップシンガーですね。

PPO:ブラジルはどうでしょう?

MF:おーっとぉ、ちょっと困りました~。ギターを弾くブラジル人の友達が居ますけど、その人の音楽はどんなか知らないですから、ちょっと薦められないです。

PPO:韓国は?

MF:ヤン・スギョンが好きです。彼女はポップスを歌いますが、特にバラードは、これは聴いたら泣きますよ。とってもゴージャス!

PPO:インド音楽はどうですか?
MF:僕は昔、色んな面白いギターを弾く練習をしてましたけど、その頃にラビ・シャンカールを聞いたんです。シタールですけど、ギタリストは皆、絶対彼の音楽は聴くべきですよほんとに。

PPO:スウェーデンなんかいかがっしょ?
MF:もちろん、皆ABBAは大好きでしょ~、でも他にも良いバンドありますよ。サーファー・ローザと言いますが、多分スウィーデンかノーウェイのどっちかの人たちだったと思う・・・とにかく、凄く良いバンドです。

PPO:ギリシャはどうですか?
MF:あー、ギリシャはよく解らないです。ギリシャといえば、僕は、メガデスでフェスティバルに行った時の事が一番覚えてるんですけど~、最悪のケータリングだったんですよ。男用のトイレの横にサンドイッチが入ってるバースケットが置いてありました。俺は絶対忘れないです、それは。後は皆良い人たちで凄く楽しかったんですけどね・・・あと、ギリシャの音楽はちょっと演奏するのが難しい感じに聞こえましたけど~。
PPO:そうですか。で、そのサンドウィッチってどうなっちゃったの?
MF:もちろん、絶対食べなかった!トイレの横においてあるサンドイッチ食べますか?絶対食べないでしょ~!
PPO:えっ?ホントにビシャビシャだったの?それ・・・
MF:(笑)そうそう、もうぐちゃぐちゃ。絶対食べないね~!無理!

PPO:メガデスに入る前は、いろんなバイトをやったと思うんですけど、一番最悪のバイトってなんでしたか?
MF:俺はアルバイトはしなかったです、信じられないかもだけど・・・
PPO:マジで?すごい、じゃあどうやって生活してたの?
MF:あぁぁ~・・・とにかく、すっげー貧乏、ビタ一文無しでした。(笑)ギターの生徒を集めて教えてたんですけどね、ギリギリやっていける程度にちょっとだけ。ハリウッドに住んでた事があるんですが、その時は近くのチャイニーズ・レストランのテイクアウトのご飯を食べてました。一ドルぐらいでご飯とおかず一つだけ買えるんですね。僕はそれで生きてました。あとアメ(キャンディー)が沢山入った袋があって、二つで59セントとか凄く安かったから、それを買って食べたり。だから、僕はしばらくご飯とあと、アメを食べて生きていました。それとアパートの家賃分をギターの先生をやって稼ぐんです。多分、もっと生徒を沢山集めてギターを教えるのも出来たと思いますよ、だけれど、俺はギターの先生は凄くストレスだったから・・・我慢して色々教えるのは出来なかったんですよ、だから僕は、また教室に来ないとだめですよーという難しいことを教えましたね。それは、本当には生徒の為じゃなくて、生徒がまた教室に来たら俺はご飯が食べられますから~、もうその為だけにやってました。
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by trans_marty | 2005-09-26 02:08 | Interview
メタル番長シリーズ、残り11〜20問death!

続きです。

http://www.metalsludge.tv/main/index.php?module=subjects&func=viewpage&pageid=248 より「メタル番長20問一本勝負」ということで11問目から


11. メガデスに居た時の事聞きたいんだけど、ムステインってどの程度「話の分かる」奴だったの?例えば、マーティのアイデアやソロがどうだとか、そういうもんに対してイチャモンつけてきたりあった?その手のことで喧嘩になった場合は、結局どっちが折れてたの?

ま:信じらんないだろうけど、「リスク」の頃までは俺たち殆ど喧嘩なんかした事なかったんだよ。その頃のムステインは、逆に俺のアイデアを応援してくれたし、実は俺に限らずバンドメンバーからそいつの良さを引き出すのがすげぇうまかったんだぜ?

一度なんか、「おまえ、ちょっと歌詞書いてみろよ!」とすら言われたよ。で俺は、「おっと、オレらはメガデスだからな」と思ってメッタ刺しになって死にそうな男の事を書いたんだけど、したらムステインの野郎「。。。おまいはギターだけやってろ」だってさ(笑)


12. サイコーにロックスターらしい奴って誰だと思う?その理由は?

ま:エース・フレイリー、疑問の余地無し!お前、エース程すげぇタマは他にはいないってマジ。世界最強のロックンロールバンドのメンバーだろ?そんで本当のフェアウェル(さようなら)ツアーを敢行ししかも完全な威厳を保ってそれを終わらせた、と。ここまで完璧にやられりゃもう、、、後は何でも好きにやってくれって感じじゃん。ほんとにケチの付けようがねぇよ最高だよ!KISS〜〜〜(★_・)凸☆ミ

13. じゃあ、次に述べる都市について、ツアー中の最高の思い出をそれぞれ述べて下さい。

ま:
シカゴ=すばらしいファン達、かわいこちゃん一杯、飯もウメー!後は何かいる?
サンフランシスコ=ソールドアウトしたカウ・パレスでのギグ、Crash of the Titansの戦慄のヘビメタショウ!
ダラス=シカゴと同じ、プラスシカゴよりましな天気。
ブダペスト=メタリカと一緒にやったライブは最高だった。フレンドリーな地元民だったけど、飯はヤバかった。
ニューヨークシティ=アンナちゃん
アトランタ=妹がそこに住んでっから、しょっちゅう出歩いて楽しかったよ。
ミネアポリス=カコフォニーのツアーで行った時が最高!ファンの女の子には「なんかギターとセックスしてるみたい」なんて言われちゃったし。モーのパーティハウスにずっと居たね。
リオデジャネイロ=ロック・イン・リオ最強!
長崎=行った事無い。広島は飯も人も良かったけどな。
オマハ=あー、いつだったか空港に一週間足止め食らったなぁ。(管理人注:多分雪かなんかで)

14. 現在、もっとも過大評価されてるバンドは?その理由は?

ま:ホワイトストライプスかなぁ。いや、かっこいいと思うしやってる事も面白いとは思うんだけど、、、どんな手合いなのか知りたいと思ってよーく音楽を聴いてみようとするんだけど、あのクソ最低なサウンドに5分も我慢できねーんだなこれが。かっこいいガレージバンドっつったら後にも先にもDonnasのデビュアルバムしかないね、おっと少年ナイフもだな!

15. 以下の質問に対しもっとも最近の状況を答えよ。

ま:
「最近読んだ本」:ジーン・シモンズのSex Money Kiss
「最近行った美術館」:ていうか来週行く予定。
「最近買ったCD」:あややの「2」
「客の立場で最近見たライブ」:リキッドルームでやったGodsmack。めっちゃハードにジャムってた!
「もっとも最近握手したロックスターは?」:少年ナイフの直子さん。
「ドライブ中にひき殺した動物」:あー、気づかないしワカラン。
「最後にステージで弦を切らしたのは?」:俺絶対に弦切らないんだよね。
「一番最近バスに乗り遅れたのは?」:俺はいつも、最初に乗り込み真っ先に降りるんだよね。
「カコフォニーのアルバムを最後にきいたのはいつ?」:何年前だっけなぁ。。。
「ムステインと話したのは?」:つい最近。

16. なんで乳製品嫌いなの?牛乳とあと卵が大嫌いって聞いたけど、なんで?

ま:だってマズイんだもん、味なんか無いじゃん!(管理人つぶやき:賛成。)


17. マーティは、ジミヘンは実態より過大評価されすぎって思うんだっけ?なんで?

ま:うん。だって、良いギタリストかもしんないけど、俺なんか奴の曲でぱっと浮かぶのなんか2、3曲しかないんだぜ?だけど、俺の尊敬するプレイヤーのほとんどが彼に影響受けてるって言うからな、まぁ、悪く無いとは思うけど。俺に言わせりゃ、当時の客がハルシオンかなんかでみんなぶっ飛んでなかったら、じみへんもグレイトフル・デッドとかヒッピーバンドなんか大した事無かったはず。

18. ニック・メンザがUFOの話をおっぱじめた時ってどうだったの?やっぱ可笑しかった?

ま:もうすげぇ、おかしくてたまらんかったさ。あいつみたいなインテリの口から出た言葉だと思うと余計に、な。

19. 日本に居るほんとの理由って、あれだろ?実は、ほとんどの人間よりマーティの方が背が高いからだろ?なっ?

ま:それはまぁ、多いに考慮するに値するが。。。大事な事を教えてくれてありがとよ。

20. メタルスラッジからの最後の勝負だぜ。次に上げる名前の人物について、それぞれ思う所を述べよ。

ま:
ジーン・シモンズ=俺らが思うよりずっとスマートな人間だよ、プラス、奴は雷神だな。
テリー・ボジオ=おそらく非常に面白い事をやってんだろうけど、、、いかんせん、俺は面白いドラムってのに関心がねぇからなぁ。。。
アンドリューWK=最近のアメリカンロック界のなかでは、真にすごい、新鮮なミュージシャンだな。アルバムが大好きなんだ。こいつが嫌いって奴は既に死人だよほんとに。
ジミー・デグラッソ=まるで岩のようにソリッド。ほれぼれするね。9月には一緒にツアー出るんだぜ!
スコット・イアン=ムステインやらヘットフィールドやらに負けず劣らずのメタルギタリスト。
デイブ・エルフソン=メガデスがこれほどの長期間持ちこたえた大いなる要因。ほんものの外交官であり友人だな。
バド・プレーガー=ショービズに長けた人物。
ラーズ・ウルリッヒ=最高のメタルドラマー、以上!ロック界では誰よりも「最上級のファン対応」をする人間。
ジェイソン・ベッカー=天才。俺にとって常にインスピレーションを与えてくれる存在。ミュージシャンとしても、人間としても尊敬に値するロールモデル。
デイブ・ムステイン=たぐいまれなる才能でヘヴィーメタルを具現化した存在。メタルファンは奴を崇め奉るべし。ムステインが居なかったら、ヘビメタなんかきっとつまんなかっただろうね。

というわけでした。

さーて次は何にしよう。。。鬱時代っていつだろう。。。







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by trans_marty | 2005-09-13 12:58 | Interview
管理人のつぶやき。。。地元企業の応援が、って昨日の投稿の最後は、俺は一体何が言いたかったんだろう?それとも宇宙電波キャッチして誰かに何かを言わされていたって事?わけわからん。。。(苦笑)ちなみに、昨日の最後はほんとはこうでした。「もちろん、それが理由の一つだろうけどさぁ、まあ、今の俺に言える事は、メンバーがそれぞれ、やりたい事が出来て健康でいるなら、いんじゃねー?って事かな。」

http://www.metalsludge.tv/main/index.php?module=subjects&func=viewpage&pageid=248 より「メタル番長20問一本勝負」。昨日の続きdeath!



4. HR/HMバンドって、どんな状態になったら解散すべきかねぇ?

ま:未だにあのクソ忌々しい「三連ドコドコ」を2バスキックで叩いてるドラマーが居るバンドは即解散すべきだね。

5. 次に述べるギターリストを1〜10のスケールで採点してください。ちなみに、1がウンコで10が巨匠ね。

ま:ワリィ、個人的に点数つけるのは女の子だけにしてるから。

ザック・ワイルド=ネ申。フランク・マリノ同好会における兄貴分。
アル・ピトレリ=偉大なアスリート、本物のプロ、最高のギタリスト。俺はすげぇ好き。
イングヴェイ・マルムスティーン=ものすごい才能の持ち主だとは思うが、人に誉められるのと同じぐらい自分でも自分を誉めてるのにはホント感心する。もう何年も奴の音楽聞いてないんだが、もしかしてやっこさん、ちょっと変わった?
エース・フレイリー=俺らが今、ここにこうしている理由そのもの。
カーク・ハメット=すげぇプレイヤー。
アンガス・ヤング=アンガスとマルコムは最高のギターチーム、以上!
クリス・ポーランド=メガデスの時はこいつの「指がこんがらがっちゃうぜ!」なギターには泣かされたよ。全く信じられないプレイヤーだ。9月にミニツアーをやる時には奴のギターに凄い期待してるぜ。
ポール・ギルバート=俺らって聞きたいと思う音楽の趣味が凄いにてんだけど、俺らのギタープレイ自体は全く似た所が無くってかけ離れてるよな。
スティーブ・ヴァイ=すばらしい。演奏技術の最高地点をぐっと上げた奴だと思う。
C.C.デヴィール=1枚目のアルバムは最高!

6. メガデス時代の最高の思い出3つと最悪の思い出3つはなに?

ま:
最高=1.ロック・イン・リオ、16万人の前でライブやったんだぜ!2位は、Countdown to Extinctionがダブルプラチナになったこと、ビルボードチャートの2位までいったし。3位は、基本的に世界中でもっともタイトなバンドに居られた事、マジでもう毎晩毎晩ケツから火ぃふいちまうぐらい演奏がハードだった。

最悪=1.ソールドアウトした武道館を含め来日ツアーをキャンセルしなくちゃ行けなかった事。2位、メガデス/エアロスミスのジョイントツアー。最高にご機嫌なパーティ三昧になると思ってたのに、蓋を開けてみれば。。。子守りやらされたり、赤ん坊をあやしたり、家族の面倒もかけられたしアル中野郎のカウンセリングもやったな、最悪だ。3位、後は特に悪かった事って思いつかないなぁ。。。

7. 次に述べるもののうち比べるとどっちが好き?

ま:
寿司と韓国焼き肉:誰と食べに出かけてるかにもよる。どっちも大好きだけど、韓国焼き肉はニンニクの量がハンパねーから、注意しないとな。でも、俺はどっちでもホント行ける。
マノウォーとレイヴン:レイヴンはすげーよ!比較にならないね!誰より先に連中はやってたんだぜ!炎もびびっちゃう、空の暴君だよ!
喜多郎とヤニー=おい、やーっとこさ俺に悪口を言わせるネタを出せたな(笑)この二人を比べるのって、殆ど神々の美味なる美酒とどっかの広場にある簡易便所を比較してるようなもんだよ。俺が間違っているのかもしれない、けど俺にいわせりゃ、ヤニーはまがい物、自己陶酔の激しすぎる、俺がかつて聞いた中でも最悪に面白く無いミュージシャンさ。こいつの音楽は俺にとっちゃ、ヴァンゲリスを無味無臭にして、情熱のかけらを取り去ったゴミみたいなもんだ。良くて有閑マダムの暇つぶしの種、じゃねーの?ゲロが出そうだよ。反対に喜多郎はマジモンの天才。「天と地」ってサントラ聞いた事ある?最高にゴージャス。珠玉の音楽ってのはこういうのを言うんだ。喜多郎こそが天才、音楽の申し子だよ。喜多郎の手にかかりゃあ、ヤニーの悟り顔で演奏してる退屈なメロディーだって、かなりましに演奏できるんじゃねーの?とにかくこの二人は全く持って比較にならない、すべきではないものなのに、でも良く比べられるんだよな。。。(ちなみに、天と地=オリバーストーン監督お馴染みのベトナムもの 音楽は喜多郎 、だそうです。。。)
アイバニーズとジャクソン=ジャクソンも良いんだけど総合的にはアイバニーズの方が断然いい。疑問の余地なし。
スコッツデールと東京=東京に決まってんじゃん、いいじゃん!!!!!
Countdown to ExtinctionとRisk=カウントダウンの方がいいかな。
ポイズンとワラント=絶対ポイズン!あのボーカルってさぁ、ライブの時に片腕立て伏せやったんだぜ、俺見たけど一生忘れられないね。プラス、彼らの音楽は楽しいし。
ブリトニーとジュエル=国営放送ラジオでも言ったけどもう一度はっきりさせとこうか。みんな、しっかりメモっとけよ!「ブリトニーなんか嫌いだ!って言う男は全員オカマ!」、以上オワリ!もう例外無くそうだから。トイレに行ってる最中のビデオをとってたのは良いと思うけど、それでも断然ブリトニー。
グロウイング・ペインズとMr. Belvedere=なにそれ、誰?
マックス・ノーマンとダン・ハフ=どっちからも多いに学ぶ所があったから選べないけど。。。でも、マックスの方が良いかな。スタジオ仕事に対して要求がよりキツイからな、俺はその方が好きなんだ。

8. 今度の新作「ミュージック・フォー・スピーディング」はスティーブ・ヴァイのレーベルFavored Nationsから出すわけだけど、スティーヴの逸話でこんなのあるんだけどどう思う?デビッド・リー・ロスバンドの時なんだが、ファンに向かってしょんべんひっかけたら、しょんべんが戻ってきちゃったんだよ。そんな人のレーベルから新作を出すってことについて何かある?

ま:あぁ、奴の実に健康的なユーモアのセンスを知る事が出来て嬉しいよ。まぁ、ブリトニーがファンに向かってしょんべんしてるんだったら、話はべつかな。。。

9. デイブ・ムステインが薬でぶっ飛んでた時のイカレポンチ話とかってなんかない?

ま:あぁ、あいつのその手の話は直接聞いた方が面白いよ、でも覚えてる一つのは、自分のと、それからどっかの誰かのゲロの中からコカイン錠を取り出そうとしたことがある、って話かな。

10. はい、かいいえ、で答えて下さい。マーティ・フリードマンは以下の事をやった事があるかどうか:

ま:
「家族の誰かに向かってロケット花火をぶっぱなした」=いいえ。
「エレベーターの中で痴女におそわれたことがある」=こないだやられた。
「素手でアルマジロを捕まえた」=なに?裏の意味がある質問なの?
「ボウリング場でライブをやった」=ダラスのブロンコ・ボウルはボウリングレーンとつながってたなそういや。
「シュガーレイかグーグードールズに入りたいと思った」=どっちもいいんじゃない?どっちも何の問題もないんじゃねーの?
「ブードゥー人形に針を刺した(人を呪う事ができる)」=ない。
「ツアーバスの中で3P」=3どころか乱交なら。
「メガデスのブートを買った」=無い、でもキッスとラモーンズのなら山ほど。
「ハッピーエンディングで終わるマッサージを受けたことがある」=これもなんか、裏の意味がある質問?
「忍者を見た」=見てない。

えー、あと10問続きますよ。







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by trans_marty | 2005-09-10 23:02 | Interview
えー、管理人かなり酔っぱらっておりますエヘヘ(笑)というわけで、はじめましょー!
http://www.metalsludge.tv/main/index.php?module=subjects&func=viewpage&pageid=248 より「メタル番長20問一本勝負」でおじゃる。


2、3週間前の事なんだが、以下のようなメールが我々のもとに届いたわけだ。

「メタル・スラッジ編集部へ 
あんたんとこのHPは破壊的にオモロイぜコンチクショウ!俺にも20問一本勝負しかけてくれよ、いつでも受けて立ってやるぜ」間亜定。

でだな、まさかと思うけど知らない奴の為に言うとこのメールを送ってよこしたのはメガデスで10年ばかしギターを弾いていたマーティ・フリードマンなわけだ。最近は丁度ソロアルバムをリリースしたって言うけど、そんなわけで、俺らは本人のリクエストにより20問一本勝負を挑んだわけだ。乞うご期待だぜ!


ーーー
1. 最近どんな感じ?おっと、自分の仕事をPRする場所はここしか無いからそのつもりで答えてくれよ。

ま:まあ、なんか、やっていること全部リストアップするのは難しすぎますから。手短に言わせてもらうわ。僕の最近のそれは相川七瀬さんのレコーディング、それからツアーをやってます。相川七瀬さんって、まあ、最先端のアップテンポJポップなんですけど、他のJポップよりも、なんか、ロックテイストな所があるんですよ。まあプロデューサーの仕事が天才的なんですけど、七瀬さんはほんとに良い女性だし、何よりバンドが凄くタイトでしっかりしている。サイコー、それは。昨日、次のシングル用にのギターの録音のしました。 (9月20日編集。某読者氏がリライトしてくれました、感謝!)

それからっと。。。あとは世良公則っていう7百万枚レコード売った伝説的な日本人ロッカーがいるんだけど、そいつのバックバンドやってる。ギターのアレンジもしてて、この10月には武道館でライブの予定があるし、TVにも出るよ。もう、直球のジャップ・ロック!

あとは、9月かそんぐらいに、俺のソロアルバム「Music for Speeding」のプロモでアメリカツアーに出るよ。大体、西海岸エリアを中心に回る。今までソロ作品の為にツアーして回った事ないから、どんな風になるかすーげ楽しみにしてる。俺のソロツアーバンドのメンバーにはすげぇ手だれを揃えたんだ、だからお前ら聞いたらぜって−涙ちょちょぎらせて喜ぶぜ、マジ。その他細かい情報は俺の公式HPを見てくれ。

2. マーティが日本語ペラペラだってのはみんな知ってる訳だが、マジで疑問なんだけど、一体全体なんだって日本語を勉強しようと思った訳?何か特別な理由あんの?

あ−、カコフォニーのツアーで初めて日本に行ったんだけどさ、そんときにさ、マジで日本すげーイカすぜ!って思ったんだけども、俺自身の力で得る所がまるで無かったのよ。日本の音楽も食べ物も、もちろん女の子も何もかもイカしてたし、それに東京という街の体感速度ってまるでNYみたいにスピーディでさぁ。「宇宙家族」かなんかの未来世界にでも居るんじゃねーの俺?って感じだったんだ、だってお前、風呂桶がしゃべってんだぜ?マジかよ!って思うさ。そんなわけで、俄然夢中になった、と。それこそツアーの移動中の飛行機やらツアーバスの中でさえずっと、どっかのアホみたいに日本語の勉強してたんだよ。日本語の読解と書き方を集中して勉強したね。会話能力についてはその後、だんだんと身に付けたんだ。そんで丁度Youthanasiaのツアー中ぐらいかな?日本のインタビューは日本語で受けたりなんかし始めたんだよ。で、気がついた頃にはかなりしゃべれるようになってたわけ。

3.なるほど。じゃあ次の質問なんだけどさ、メガデスが解散した理由はムステインが手の神経を悪くしたからだって聞いてるんだけど、実際の所はどんな理由だったわけ?これってマジ話?それとも他の理由、知ってる?

うーん、俺がバンド抜けたのって解散の1年ぐらい前の事だしなぁ。。。俺が思う解散要因は俺自身の推測の域を出ないわけだから。まぁでも、俺に言わせるとバンド解散の理由ってムステインの手の神経に関する病気というよりは。。。もちろん、それが理由の一つだろうけどさぁ、まあ、今の俺に言える事は、メンバーがそれざれハッピーな状態にあればいいんじゃねーの?って事だけだな。やりたい事やってんならそれでいいじゃねーか、って思う訳よ。
--->>> まだまだ続きまっせぇ。




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by trans_marty | 2005-09-10 01:30 | Interview
この下の記事のマーティ語風翻訳death!
それから元のインタビューのMP3ファイルはこちらです。
---ここから---
今週のスタジオゲストは、マーティ・フリードマンさんです。

[司会] 全世界のファンを熱狂させたギタリストが、彼のギターを持って今日スタジオに来てくれました。マーティ・フリードマンさん、今日はいらして頂きありがとうございます。

[ま]こちらこそ、呼んでいただいてありがとうです。

[司会]というわけで、秘められたお話をお伺いしたいのですが・・・

[ま]もちろんですよ!

[司会]で、マーティさん・・・現在は日本にお住まいだそうですが、いらしてからどのぐらいですか?

[ま]2年半になりますから・・・

[司会]2年半もですか・・・

[ま]まぁ、結構長く居るんですけど。

[司会]日本に初めて来たのはいつですか?メガデスに居た頃ですか?

[ま]その前に、僕はカコフォニーというバンドに居ましたから、その時のツアーで、初めて日本に来ました。日本に来て、すぐに、すごくびっくりしました。僕は、ほとんどですね、まったく新しい未来に来たという感じでした。もちろん、アメリカも大好きなんですけど・・・世界中でも好きな国ですし、でも日本に来たら、もうほんとに未来って感じで、いろんな物は全部とても新しかった。ネオンライトがどこにでもあって、沢山のものが、僕は見たことも無いすごく新しいものだと思った。僕は完全に新しい世界に来たんだと思いました。それで、絶対に日本語を勉強しようと決めたんです。・・・少しずつですけど・・・メガデスのツアーの時の飛行機の中とかツアーバスの中でも、よく勉強しました。

[司会]本当ですか?

[ま]ホントにですよ、漢字は沢山練習しましたよ、まぁ、それはあまり、ロックミュージシャンらしくはない感じですけどね。


[司会]マーティさんはアメリカでも、 もちろん世界中でメガデスの一員として成功していたわけですが、そんな凄い人がソロ活動をする拠点に日本を選んだということに、非常にびっくりしているのですが。。。その理由は?

[ま]一番の大事な理由は音楽だった。僕は日本の音楽がすっごく好きなんですよ。ほんとに日本の音楽ならなんでも。。。Jポップでしょ、それからフォークにロック、ダンスミュージック、それから演歌ですね。演歌って、僕にとっては、伝統的な日本人そのものだった。日本の人たちにとって演歌はどういう感じなのかわからないですけど、でも僕には。。。こんな音楽世界中では聞いた事無かったんですよ。もちろん、演歌は普通の人々のための音楽だと思いましたけど。日本人は、普通の人が演歌を聴いてるでしょう?

[司会] あの。。。もしかして、貴方は。。。演歌がお好きなんでしょうか?

[ま]そうです、演歌は大好きですよ!僕にとっては、最初に日本の事を知ったのは演歌だった。十代の頃ハワイに住んでたんですけど、日本の音楽を流しているラジオがあったんです。それで演歌を聴きました。。。最初に聞いてもう本当にすごいと思った。そんな音楽は、全然聞いた事がないよ!と影響受けました。その、歌い方とか。。。その時は日本語は全然解らなかったんですけど、でも絶対に哀しい音楽だとは理解しました。すごく声は哀しい気持ちが出てました。そして、それは凄く、僕の琴線には触れましたよ、もう本当に。それから、どうやってそれをギターで表現したらいいですか?という事を僕はやりました。

[司会]でも、私が思うに演歌は。。。基本的に民俗の、伝統的な音楽ですから。。。その民族的な音楽を「翻訳」するって言うのは、例えばどういう風にするんでしょうか?

[ま]最初に思い浮かぶのは、美空ひばりさんの歌ですね。

---------------------------------------------------------------
ここで、マーティが美空ひばりの「りんご追分」を演奏する。
---------------------------------------------------------------

[ま]この歌のメロディとかは。。。ギターで弾くとすっごくかっこいい。(と、さらに演奏する)

[司会]ワオ!いや、あの。。。つまり、何となく、おっしゃってるつながりの意味が分かったような気がします。

[ま]ミュージシャンとしての僕にとっては、楽器の演奏が人間の声みたいに演奏できるのがゴール。僕にとっては、それはゴールです。そういう風な演歌を聴いた時は。。。それを僕のギター演奏に取り入れたいですよ、と思いますね。

[司会]それほどまでに気持ちを込めて演奏している人が居ると知ったら,美空ひばりさんもとても喜ぶんじゃないでしょうか。

[ま]あぁ〜、それはすっごく光栄です、ホント嬉しい!でも、そういうプロの歌手の歌を聴いたときに、僕は、プレイヤーとしてもっと頑張らなければならないと思うんですよ。

[司会]えーと、日本での今後のキャリアはどうなるのでしょうか?

[ま] 日本の音楽に、世界中の音楽にも、僕のサウンドとセンスを足していきたい。日本の音楽が海外でも評価されるようにしたいですね。そうなる時は結構近いと思いますよほんとに。つまり。。。僕は、その両方の音楽の間に居る人間として、日本の音楽がもっとアメリカ人に聞いてほしいですよ。アメリカ人のロックのファンでも、音楽のファンも、絶対に好きになると思う。

[司会]マーティさん、どうもありがとうございました。

[ま]こちらこそ、どうもありがとうございました。

[司会]最後に、もう一曲マーティ・フリードマンさんの音楽を御届けします。この曲は、3年程前にマーティさんが日本に来た時に初めて作った曲だそうです。ギターも無く、本当に日本に住むべきかどうか悩んでいた時の曲です、「ラスト・フォー・ライフ」
---ここまで---

<管理人より>
1.この番組のMP3を近日中どこかにアップします。ビデオファイルは2ちゃんねるの某スレなどを探してください。
2.日本語で既にある記事を参考に、なるべくマーティっぽく訳したつもりですが、そうじゃないよー!というツッコミ大歓迎ですので、一言ある方はコメント欄にドウゾ。
3.この後は、某スレで紹介して頂いた英語の各種インタビューの翻訳を予定しています。が。。。これらが、かなり、日本語を話しているとき、それから、日本人向けに英語を話している時のノリと違っているんですね。なんていうか、メガデス時代のものは特に、向こうのメタル雑誌の記事とかだと、もう。。。あー、いわゆる外タレっぽいのですが、それをどうしようか考え中です。。。。無理にマーティ語っぽくするのも面白いとは思うのだが、じゃあ一緒にインタビューを受けているムステインはどうすりゃいいの?とか。



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by trans_marty | 2005-09-06 18:19 | Interview
元のインタビューのMP3ファイルはこちらです。

...this week he's coming to our studio to give us his "story".

[INT] Thank you very much.

[MF] Thank you very much.

[INT] Here's guitar, he's resonated all over the world, and today he's in our studio with us a guitar, Marty Friedman, thank you so much for coming in.

[MF] Thanks for having me.

[INT] And I'd like to hear the more of your secrecy...

[MF] Alright!

[INT] Hey so, Marty...you've been living in Japan now how long has it been since you fly ?

[MF] I have lived here for two and a half years.

[INT] Two and half years...

[MF] yeah...

[INT] So, the very first time you came to Japan was when you were with... Megadeath?

[MF] Before that I was in a band called Cacophony and we came to Japan on my first tour Japan and I was just... blown away. I was almost like... all of a sudden... jumping in another future... I mean... America is great I love, it's my favourite country in the world but I went to Japan and was just like the future! ...it's like...just like...everything's was...neon all over the place all the invention and the stuff I've never seen before all the stuff like... like a whole new world y'know...so, from that time I am kind of plan to see I should have really learn ... all the bits of the Japanese...and little by little...during the all the tour and the stuff, I would like learn Kanji on the aeroplanes and even in a backstage of the tour bus.

[INT] Really?

[MF] I was studying Kanji and stuff...not a typical rock life style but.

[INT] Since you were so successful in the United States and of course out of the World as part of Megadeath....to me it was surprised you would choose Japan as the base for your solo career… why was that?

[MF] The main things were the music. I just love Japanese music, I love Japanese music from Pop...to the folk music to rock to dance music, Enka music was just like the traditional Japanese ...I don't know how you describe the Enka music but it's like a ...there's nothing like it in the whole world and I guess it's the music for its people, the normal people listening to the Enka music in Japan, right?

[INT] You are telling me... you liked...Enka?

[MF] Yeah Enka. Enka was my first introduction to Japan in general. I lived in Hawaii as a teenager and there was the Japanese radio station and they would play Japanese music and stuff and I heard Enka music and ... I'm like God! This is so different from anything I've ever heard before that… the way they sing ... the way... that emotion comes out of their voice was so powerful... I didn't know one single word in Japanese, but I knew that there was some serious sad emotion and is coming out of their voice... at that time I was like…Wow! This is like...it's really touching me y'know ...and I tried to figure out a way to get that emotion in my guitar playing.

[INT] But to me...Enka is basically a folklore, traditional music… so give us an example what you mean by... translating that... ?

[MF] The first one that comes into my mind is the singer named Misora Hibari.

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MISORA HIBARI "RINGO OIWAKE" DEMO
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[MF] Like that melody.....it's really nice to play in a guitar... (and Marty plays)

[INT] Wow, I mean, now that you've played that Enka song… on an electric guitar…. I beginning to see the connection you're talking about.

[MF] To me as the musician, the goal is to make your instrumental like a human voice would be like a goal...to me, that's the goal. So, when I heard this kind of Enka singing and am like... that's the human voice I want to emulate.

[INT] I think she'll be pretty happy to see someone for that much emotion into the same song.

[MF] Oh!...(laughs merrily)..yeah, I am happy to hear you say that but... when I hear those kind of singer's pros... reminds me that there's so much more that I need to achieve as a player.

[INT] So in the future, what sort of things can we expect from you from the career here in Japan?

[MF] I just want to add my sound and my sense to the world of the Japanese music and the world wide music and I want Japanese music to be recognized out side of Japan, and I think that time is coming really soon... y'know, I can be the kind of an ... "in-between guy" to bring Japanese music to America and I think that American rock fans and music fans in general would really get into it.

[INT] Marty, thank you very much.

[MF] Thank you very much.

[INT] But we do have one last song from Marty Friedman. This song was the very first one he created when he came to Japan about three years ago with no guitar came alone wondered whether he really want to live here or not. Here's the song, Lust for Life.






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by trans_marty | 2005-09-04 04:00 | Interview